緑と傍らの鷹
次の試合では4番と5番で、それぞれ部内一のCとPFの大坪と木村はスタメンは確定だろう。激戦のSFのポジション争いについても、実力と……あの先輩の努力だ。秀徳の数多いSF陣の中で宮地が二歩も三歩も抜きん出ていると、高尾はそう見ている。
残る二つのポジション枠の内の一つはもう、確実に、今俺がボロ負けしたアイツで決まりだ。
……でも先輩達、真面目が服着て二本足で歩いてる、堅物で偏屈で不可解で不寛容で気難しいアイツをOFDFに組み込んで、試合作って行くのってどう考えても詰みゲーっすよと冗談めかし、高尾は層の厚いPG達の中の最上級生の面々を思い浮かべて気の毒に思う。
部内の三大実力者、とも言える三人が何を話しているのか気に掛かり、しかし新参者の自分が割り込んでいくには少し難しい雰囲気であったから体育館外壁に疲労した身を預け休みながら、彼等が見えない場所からぼんやりと高尾は耳を傾けていた。
「聞いていた以上……いや、あの時より一層鋭くなっているな。」
短く刈り込んだ頭の強面のPF……副部長の木村が口火を切る。
(木村先輩。どこかでアイツの試合を観た事があるんですね、俺は……ねえ、センパイ。俺は、アイツを追って追って追って、でも今も勝てなくて……。でも、アイツ)
「怖い位冷たい目をしていたんスよ、アイツ。……あの日。」
「それもだけどあいつもだよ、あいつ……高尾」
隠れながらの独り言と宮地のその言葉が発せられたのは同時だった。
(……俺の力、少しは気に留まりましたか。)
恐らくはスタメン確定のしかも常日頃から後輩達に物騒な言動を繰り返す……直球で言えば沸点が低く口の悪い、実力者の宮地にそう取られているのかと、意外であり嬉しくもあると高尾は思う。
「確かにアイツも悪くはない。いや、一年の中では緑間には遠く及ばんが……奴に次いで強い」
(ああ)
宮地の言葉で気持ちが高揚し、現実を正確に突き付けた主将の大坪の冷静な言葉に高尾の心は折れそうになる。
“奴に次ぐ”
自惚れではなくそれは自負していた事だった。アイツに負けないように何度も吐いていた入部当時から居残り練習は欠かしていない。
欲しいのはその言葉ではない。
(あの日から誓っている、奴と並び、奴より強い。)
もっともっと頑張って、力を付けなければと考え込む高尾に宮地の声が届く。
「……と言うよりもあいつがスゲーのはアレだ、あの訳の分からねえ“目”と……」
宮地と、大坪と木村。
続く二人の声は三つ、ピタリと重なった。
「緑間の奴とやって行ける……懐に潜り込んで行けるアイツだけの力、か。」
「あいつ確か緑間と同じクラスで席も前と後ろ、あの難しい奴と四六時中良く一緒にいれるよな」
大坪が頷く。
そして少し間を置き前から言おうとしていた、と言わんばかりに重々しく口を開いた。
「SGとPGは必要な技術が似ていて……SGからPGに転向する者も多い。ポジション同士の共有性があるから、だからこそ“合う” ……あの難物と意思の疎通が出来る……最早それは一つの力で、武器だ。そしてそれが出来る者が必要だ。」
「だから次の試合のスタメンに……その布陣は」
一度声を止め、二人の心強い戦友の目を真っ直ぐに見据えながら大坪は静かに告げる。
「……Cは俺が出る。PFは木村、SF……宮地、任せたぞ。お前は強い。……緑間の橋渡しとして高尾を、PGに起用したいと思う。」
監督と俺と木村の意志だと呟く大坪に、ああ、文句ねーぜと低い声で宮地は返す。
木村は、ただ黙って頷いていた。
「ウチのPGのポジション争いもSFと変わらない激戦だ。三年二年の層はヤバい位分厚いが……あの沢山居るPG達では緑間の坊やのお守りは無理だろ。」
高尾には悪いけどよ、と最後にそう付け加えた宮地はぽつりと呟き、その言葉から逃れるように大坪もまた目を背けた。
(……先輩、俺がここに居る理由は……)
「違うんですよ」
俺はここにいる、ここに居てこの目を活かして秀徳でチームの為にパスを回して支えて尽くしてこの身が半壊しても献身し続けていつか……その大きなボーヤを俺が倒すと、ずっと、ずっと決めてたんすよ。
先輩達は知らないでしょう、一年以上も前の俺が新鋭の強豪と謳われた中学の主将だったあの時、大敗してしまった
あの日から。
なのに、
(俺はアイツの……貴方達と監督からも認められたお守りなんですね)
倒すべき内側の敵の存在に依り秀徳の一年のスタメンと言う輝かしい大舞台に立たせられ
しかもその舞台は緑間を倒す為のコートではなく、
奴の側に控え奴の力を活かす為だけの、ただそれだけの目的でコートに立てと。
ねえ、大坪先輩、木村先輩、宮地先輩、
俺って第一、アイツの事なんて好きでもないんですよ、あんな奴……
未だ入部して一ヶ月と少し、入学して間もないのにアイツの事を幾度ムカつく奴と思って、それを胸の奥に閉まったか。
吠える犬のように近付いてプレイするのは必ず超える日を自分から作り出していく為、
なのに先輩達と同じように……普通に。持ち得た力のこの“目”を活かしチームの為に戦うのではなく。
緑間と貴方達を繋げ、奴を支える為に破格の待遇を与えコートに立てと言う。
(……)
外はもう春の陽気そのもので明るく温かいのに。
鉛のようになった思い心に滔々と冷たさが溢れ、広がり続けていくのが分かる。
泣く、と言う選択肢は自分の心には浮かび上って来なかった。
冷たく重い心のまま、
嫌な奴なのに、ムカつく奴なのに。
いっそ殺意すらも湧き出ていると言うのに。あの日の……アイツは。こんな救いようもない心をしていたからあんな冷めた目をしていたのかなと思う。
考える事胸に抱く思い、その全てが嫌いでムカつくあの男に結び付いてしまう自分の気持ちもまた嫌だった。
距離を置いた三人は未だに何かを話し続けているが高尾に気付く気配は一向にない。
しかしもう休憩の時間が終わる。そう思い高尾は場を後にした。
体育館へと戻る途中、誰の気配もない事を“目”で感知し、その外壁を思い切り蹴り飛ばす。
……強豪校と謳われていた過去の、先輩達とチームメイト、監督の無念。
幾ら練習を重ねても決して届きはしないその強大な存在。
自分の悔恨を仲間達への思いとすり替え、
及ばない力不足を彼への嫌悪へと書き換え、
卑怯な事は分かっている。だがその自責と至らなさのどちらも受け入れられないでいる自分が、こうしてここに居る。
……やり場のない思いだった。でも。
いつか必ず倒してやる、
俺はあいつが大嫌いだ。
その思いのまま、高尾は館内へと戻って行った。