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緑と傍らの鷹

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 後もう一つ
 たあいもない話と思うだろうが、奴との数多の日々徒然の事柄から、話をしたい事がある。
 やはりまだ春先の出来事だった。
 ……馬鹿は風邪をひかんと言うのに。
 この馬鹿者はそれで休んだ。
 奴と俺のスタメン入りが確定し、まあ、それはお前が人事を尽くした必然の結果だったと言ってやろう。
 それで狂ったように士気を上げて行き過ぎた自主練を課し、阿呆のように“目”を使い続け、止めてやったのに笑いながら聞かずに疲労が蓄積し感染したのか、
花粉症かな?大丈夫だと言っていた先日に矢先にこうである。
 ……全く、秀徳高校のスタメンたる者、日々の鍛錬だけでなく体調管理にも人事を尽くせ、
 馬鹿者め。
 すぐ前の空っぽの席を眺め、緑間はそう毒づく。

 ……歴史の授業だった。
 所属する部活の練習量は間違いなく校内位置の量であるが、学問に励むのが名門の秀徳校生の本分であるから、緑間は勿論全教科の勉強に等しく万遍無い力を注いでいる。
 しかし得手かそうでないかを問えば、彼にとってこの授業は得意分野とは言えなかった。
 対し今日はいない……煩くないから清々した、あの馬鹿者はこの時間になると良くノートを取っていた。
 そして担当教師の試験範囲には関係のない雑談を聞き、興味深そうに背を正し黒板に目を向けている。
 ……こいつは何事にも興味を示し易い性質だ。
 それに散々に馬鹿者と連呼しているが本質はけしてそうではなく、寧ろ真逆である事を俺は知っている。
 第一、この超名門の秀徳高校に入り厳しい部活をこなし、そして何より自惚れではないが試験で常に高得点を取る自分に全く飽きを感じさせず会話をし続ける。
だからこの男の頭の回転の速さはまあ……認めてやって良いレベルに充分達している。
 なのに風邪ごときで一日を潰したまぬけの事を考えて奴は絶対に見せて、とねだる。
 だから緑間は黙々と左手を動かしノートを取り続けていた。

 長身故に座席は後列だが視力は悪い。
 分厚いレンズの奥の目を細めながら、走り書きされた板書を緑間は見る。
 各自に配布した自作のプリントを片手に持ちながら授業を行うこの壮年の教師は、社会科全般を不得手だと思う緑間から見ても分かり易い教え方をする教師と言えたが、歴史教師にありがちな話が脱線し易いきらいがある。
 その時もそうだった。
 時はもう遥か四百年程前の江戸時代。
 この時代の概要を学んでいた筈だった。
 それが、いつの間にか反れる。
 ……雄藩。将軍の寵を受け権勢を誇った側用人すら頭が上がらなかったその東北の某藩。
 所謂お家騒動があった。
 その藩主と、ある男への誉れや金と思いと。それを秤に掛けて後者を選び結果、……殺された。死んだ。
 そう言う者の話があった。
 「伝承から生まれたある物語の主人公の名は……」
 ガシャンと言う音が教師の声と共に沈黙の室内に響く。
 緑間の右斜め前の生徒がペンケースを落とし、取ろうと伸ばした腕に掛かったノートと教科書も、次いでバラバラと床に落ちる。
 ステンレスとスチール製の固いペンケースの落下音は大きなものであった。
 話の腰を折られた形となった教師は少し不快そうな目をしたが、落としたその生徒が社会科を得意にし、小テストでは高得点を取る者であったので、故意ではなかろうと思ったのだろう。生徒が全てを拾うまでを待ち、すぐに授業を続けた。
 授業は再開し、内容は本題……一つの時代の俯瞰へと戻る。
 何事もなかったかのように戻った教師と、ノートを取るクラスメイト達。
 (……死んだ者の名は何と言うのですか)
 何故だか、妙に気掛かりとなった事。きっと自分が前列の席に座っていれば、ペンケースの落下音に妨げられながらも聞き取れていたかも知れない。
 消えてしまった言葉。
 今まで脱線をしていた分だけ速度を上げて授業を進める教師に対しそれを質問し、横槍を入れる事は憚られる。
 緑間は空っぽの奴の席を見詰めた。
 その者は男を思っていたのだろう。
 しかし選ばれたその男は相手を愛していたのか。
 結局、殺されてしまった。相手は男に命をもって尽くしたのに。
 それでは……無駄死にではないか。
 (尽くした者は報われたのか)
 結果、見殺しにしたどうし様もない男の側に居る事を考え望み、それで
 ……幸せだったのか“お前”は。
 (……?)
 ふと緑間は既視感に襲われる。
 ……以前、どこかで。
 この説話を手に取り読んだ事がなかったか。
 それはいつだったか。
 さっきから分からない……記憶から失せているのでその時にはここまで思わなかっただろう事を今、何故こうして強く考えているのか、その理由も俺には分からん。だが……知りたい。
 その説話の主人公の名は何と言ったか。
 (高尾)
 お前は……何でも知りたがるお前は……知っているか?
 馬鹿のひいた風邪は翌日にはもう治っているだろう。
 そう思い緑間は書き殴られた文字の板書を続けた。
作品名:緑と傍らの鷹 作家名:シノ