囚人と青い鍵 1
3 親切と脳天気(翡翠side)
重い。
何味が好きかわからず、ありとあらゆるアイスを買ってしまった。
バニラ、チョコ、いちご、チョコミント、カフェモカ…
味だけならまだしも、だ。
かき氷風、シャーベット、モナカ、アイスキャンディー、チョコがかかったやつ、パフェ風、練乳入り…
もう、これだけ買ってくれば文句無いだろ。
あぁ、痛い出費だ。
てかまず、アイス買いすぎだろ!そりゃ、レジの人が変な顔するわけだよな。
なんで今になるまでそんなことに気づかないかなぁ。やっぱ私、今日どうかしてるわ。
とりあえず、一人暮らしにしては冷蔵庫も冷凍庫も無駄に大きいから、入らなくなる、なんてことはないけど。
「ただい
「マスターっ!」
ま」
「おかえりなさい、マスター!」
走ってきては飛びついてくるカイト。
「待て、だから抱きつくな!離れろ。コレをまず冷凍庫に入れなきゃいけないんだよ!」
「マスター、それってもしかして…」
「あぁ、好きなの選べ。」
「わぁぁ、こんなにたくさん!マスター大好き!」
ったく、現金な奴め。
はぁ。こんなに目をキラキラさせて選んでるのを見てたら、私までアイス食べたくなってきた。チョコミント残ってるかな。
「マスター、一緒に食べましょう♪」
カイトがチョコミントアイスを差し出す。
「な…、どうして私の好きなやつがわかった?」
「マスター、食べたそうな顔してました。」
「そ、そんな顔してない!そりゃ、残ってたらいいなくらいには思ってたけど。」
「でてましたよ、顔に。それに、他のは一つずつなのに、チョコミントは二つありました。」
こいつ…、あなどれん。
「さ、一緒に食べましょう、マスター」
「あぁ。」
一席分開けてソファーに座ったはずだった。
が、なぜか隣にいる。
なんでだよ。二度見してしまう。
「マスター、どうかしましたか?」
「いや、何も…」
さらにくっついてくる。
「な、なんだよ。」
「マスターいい匂い」
「はぁ!?アイスに集中しろ!」
「マスターこそ、アイス溶けますよ?」
ぱくっ
わ、私のスプーンにとってあったチョコミントを、さらっと食べていきやがった!
て、ていうか、それで私がまたアイス食べたら、それは、その…間接キス……
ああもうっ!そうこうしてるうちに溶けちゃうから、さっさと食べないと!
「マスター、大丈夫ですか?」
「え、は?何が?」
カイトが私の顔をのぞき込む。ねぇ、あのさ、近いって。
「熱でもあるんですか?顔、赤いですよ?」
「そそそそ、そんなこと、ないっ!大丈夫だからっ!
てかアイス食べるの早っ!」
「もう1個食べていいですか?」
「好きにしろ!」
カイトが冷凍庫に行ってる間に、急いでアイスを食べ終えてしまった。そうでもしないと、だって、あのスプーン…
ズキン
痛い。あぁ、バカだな。急いで食べるから頭が…
「アイス♪アイス♪」
脳天気だなこいつは。
ふと、さっきカイトが私のアイスを食べたときの、いたずらっぽい瞳を思い出した。
なんだろう、なにかが引っかかる。
「あ、お風呂沸かしておきましたから、どうぞ入ってください!」
アイスを食べ終わったカイトが、バスタオルを手渡してくる。どうやって場所を知った?
まあ、いい。それより、機械がお湯を沸かして、万が一ということはないのだろうか。
「水、大丈夫なのか?」
「そんな一昔前の機器じゃないんですから。ちゃんと防水されてますよ。だからマスターと一緒にお風呂に入っても」
ドスッ
「何言ってんだよ!」
みぞおちに一発喰らわせてやった。
「ちょ、ちょっと痛いです、マスター、冗談ですよ。」
なんだよ、ちょっとかよ。
まぁ、それはともかく、親切には甘えてお風呂にはいることにした。
やっと私一人の空間になった。
本当に、なんなんだろうか。何が起こっているのだろうか。
わかることは、カイトがこの家に住むことになったってこと。
萌のところにも同じようにボーカロイドが来ているってこと。
カイトがアイス大好きってこと。
やたらくっついてくる鬱陶しい奴だってこと。
もしかしたらちょっと可愛いかもしれない…
って、だから、そうじゃなくて!
さっきの、何か引っかかる感じは、なんだったんだろう?
いろいろと考えごとをしているうちに、随分と長い時間が経っていた。
私が上がる頃には、お湯の温度がかなり冷めていた。
「あがったよ。」
返事はない。やっぱり夢だったんだろうか?
それとも、私があまりに素っ気ないからどこかに行ってしまったのか?
リビングに行ってみると、不格好なサンドイッチと、目玉焼きにしようとしたら失敗して急遽スクランブルエッグにしたような玉子の固まりがあった。
カイトが作ったのか?
ふと振り返ると、カイトがソファーの上で寝ていた。
手には切り傷と火傷があった。そういえばサンドイッチの端っこがうっすら赤い…。
ボーカロイドでも怪我するんだな。
「おい、起きろ。」
寝ている。気持ちよさそうに寝息をたてている。
「ます…たぁ……アイスが空飛んで…」
どんな夢見てんだよ。
「!」
カイトの寝顔を見ていた私の中で、何かが光った。
さっきまでバタバタしていたし、そもそも髪の毛も目も青いから全然気づかなかったけど…、こいつ…
こいつ…私の弟にそっくりだ。まるで生き写しみたいに。
みんなで笑っている写真立ての写真を見る。
急いで押入の中のアルバムを取り出して、別の写真も見る。
鮮明なのはわかっているけれど、もう一度記憶を辿る。
やっぱりだ。間違いない。私の弟に酷似している。
広げたアルバムをそのままに、私は彼のところへと駆け戻る。
「ねぇ、あんた、生きてるんなら何で生きてるってすぐに言わなかったんだよ。」
「マス、ター?」
目を覚ましたらしい。
「何で突然髪の毛青くして、青いカラコンいれるようになったんだよ。」
「え、マスター、僕は元から…」
彼はなんのことかわからず、ただぽかんとしている。
「なんなのその呼び方。前みたいに、ねーちゃんでいいじゃん。なんか、姉弟じゃないみたい、嫌だそれ。」
「え、どういうこと、ですか?マスター?」
「琥珀じゃ、ないの?」
「え、琥珀?宝石、ですか?」
何をとぼけているの、姉にドッキリ仕掛けるつもりなら、もういいだろ?
「なんで、こんなにそっくりなのに、違うの?じゃあ、あんたは誰なの?ねぇ、ねぇ!」
「ぼ、僕は、カイトです。カイトですよ。」
いつになく驚いた顔をしている。いつの間にか、私は彼の袖を強く掴んでいたらしい。詰め寄って、問いつめていたらしい。
「ごめん、なんでもない、なんでもないから。今のは気にしないで。本当にごめん。」
そうだ、ありえない。琥珀は、私の弟は1年半前に死んだはずなんだ。
「ごめん。ホントにごめん。」
私の頬に何かがつたうのを感じた。私はそれを見られたくなくて、カイトの顔を見ることもなく自分の部屋に入り、鍵をかけた。