囚人と青い鍵 1
4 旅立ち(カイトside)
ヤ○ハ本社にて。
「また会えるといいね!」
「次見るときはテレビかもよ?」
「まずニコ動かな。」
「それじゃどの兄さんかわかんないじゃん。」
「それはみんなも一緒だよ。」
「じゃあ、みんながわかるように、私ネギ振ってるね!」
「それもどのミクだかわかんないって。」
「アイスねだりすぎてマスター困らせたりしないでよ?」
「めーちゃんこそ、酒癖の悪さでマスター困らせないでね。」
「こ、このバカイト!」
「それでは、箱に入ってください。」
「「「「「はーい」」」」」
狭っ!
小さいリンレンや、華奢なミクならともかく、僕まで箱の大きさ統一するのはおかしいって!
「うわっ!何この箱!もうちょっと大きいのに入れなさいよ!」
めーちゃんが狭いのは焼酎の瓶を3本も入れてるから、自業自得じゃないか?
「それでは、最後の説明を行います。」
いや、箱に入れる前にしろよ(全員の心の声)。
「あなた方5人は、我が社の新型ボーカロイド、V20のプロトタイプ(試験品)です。今から各モニターの家に運ばれ、それぞれのマスターとともに暮らしてください。それから、まだ開発段階ですので、不具合が発生した場合、こちらの方であなた方を回収いたします。詳しいことは、それぞれのデータの中に内蔵しておきましたので、そちらを参照してください。では、輸送を開始します。」
全然説明になってない(全員の心の声)。
午前3時半。
こうして僕たちは、宅急便のトラックの荷台に詰められ、それぞれのマスターの元へと運ばれた。どうやら、僕以外は二人でセットらしい。
「じゃあ、みんな、達者でやるのよ。」
「次会うときはネギパーティーですよ♪」
「めい姉、ミク姉、バイバーイ、ほら、レン。」
「さ、寂しくなんか無いんだからな!」
「姉妹仲良く頑張ってね。」
月並みな言葉しかかけられなかった。
というか、まず外から見たら箱同士の会話だ。明らかにシュールだ。
「またね、兄さん」
「ロードローラーで遊びに行くから!」
「いや、兄さんのマスターがどこだか知らないし。」
「ロードローラーで探す!」
「勢いで僕とマスターの家潰さないでね!?」
残るは、僕一人。
ーピンポーンー
「何ですか?」
「宅急便でーす」
「は?」
女の人の声だった。
この人が僕のマスターなのだろう。
声がけだるげなのは、無理もない。こんな時間の訪問者だ。ふつうなら寝ている時間だろう。マスターもきっとそうだったんだ。
それはともかく、だ。早く箱を開けてくれ。いい加減体が痛い。
そう思っていたところに、突如として光が射し込んだ。
マスターが箱を開けたのだ。
「やっと出られたーっ!ありがとうございますマスター!命の恩人です!あー、やっと体を伸ばせる。」
自分でも自分のテンションの高さに驚いたが、マスターの方はというと、呆然としている。
何が起きているのかさっぱりわからない、と言わんばかりに。
何とかしなくては。そうだ、困ったときはアイスだ!
「お近づきの印に、アイス食べませんか?」
視界に入った、廊下の奥の冷凍庫へと近づき、開けようとする。
「人ん家の冷凍庫勝手に開けんな!てかなんでアイスなんだよ。」
あ…れ…、マスター、怒ってる!?
「ごごっ、ごめんなさいマスター!あの、アイスはその、美味しいから、というか僕が好きだから…」
もはや言い訳にもなってない。しっかりしろ、僕。
なんとか場をつなげなくては。
「あの、マスター」
「翡翠」
「へ?」
「糸魚川 翡翠。私の名前。で、あんた誰?」
「カイトです。あの、ボーカロイドです。」
なんとか、マスターがつなげてくれた。
早くも僕は、マスターに救われたような、気がする。
自己紹介は済ませたけれど(あの程度だが)、マスターの怪訝な表情は消えない。
「ボーカロイドって、確か歌わせるソフトじゃないの?」
そうか、実体化していることに驚いているのか。
「新型なんです。」
「は?」
「だから、僕は新しく開発された、人型ボーカロイドV20なんです。で、あなたは僕のマスターなんです。」
状況を話したはずなのに、マスターは余計に困惑している。
「勝手に決めるな!まず私、あんたのこと注文してないし。」
もしかして、本社の人はマスターに何一つ説明していないのか。とんでもない会社だ。
「マスターは、新型ボーカロイドのモニターなんです。」
「つまり、新商品を使ってみて、改善点等ありましたら意見してくださいってことか。って、ずいぶん勝手だな。」
「そう…ですね。」
マスターは、ちゃんと僕のマスターになってくれるんだろうか?
一抹の不安がよぎる。
「モニターってことは、必ずしも使わなきゃいけない訳じゃないんでしょ。勝手に送られたんだし、別に売ったっていいんだし。とりあえず私は寝るから。」
「マス…ター…」
あぁ、こんなにすぐに不安が的中しなくたっていいじゃないか。まず、このマスターのところを追い出されたら、僕はどこに行けばいいんだ。
「はぁ。ここを出たところで行くとこ無いんでしょ。いいよ、しばらくここにいなよ。私やっぱ二度寝するから、7時半に起こしてよ?学校あるから、時間忘れないでよ。」
え、これは、「上げて下ろす作戦」の逆、新手の「下げて上げる大作戦」!?
てことは、僕はここにいていいんですね!
「はい!マスター」
できうる限りの最高の笑顔で僕は応えた。