囚人と青い鍵 1
6 アイスとサンドイッチと誰か(カイトside)
ガチャ
マスターだ!
「ただい
「マスターっ!」
ま」
なぜだろう、マスターが帰ってくるのがわかった瞬間、どうしてだか抱きしめたくなった。
「おかえりなさい、マスター!」
「待て、だから抱きつくな!離れろ。コレをまず冷凍庫に入れなきゃいけないんだよ!」
大きめの買い物袋を持ってバタバタするマスター。
このひんやりとした感じはもしかして…
「マスター、それってもしかして…」
「あぁ、好きなの選べ。」
「わぁぁ、こんなにたくさん!マスター大好き!」
アイス選び放題という状況ももちろんだが、マスターが、僕がアイスが好きと言ったのを覚えていて、買ってきてくれたことの方が嬉しかった。
選んでいる途中で、ふと、マスターの視線を感じた。
明らかに、ただ1点、チョコミントにだけ向いていた。
そういえば、他のアイスは1つずつなのにチョコミントだけ…。
そうだ、一緒に食べるチャンスだ!
「マスター、一緒に食べましょう♪」
マスターは驚いて、僕が差し出したチョコミントと、僕の顔を交互に見た。
「な…、どうして私の好きなやつがわかった?」
「マスター、食べたそうな顔してました。」
「そ、そんな顔してない!そりゃ、残ってたらいいなくらいには思ってたけど。」
マスターは自覚していなかったのか?
あんなに分かりやすい視線だったのに。
「でてましたよ、顔に。それに、他のは一つずつなのに、チョコミントは二つありました。」
ちょっと慌てたようなマスターが、また可愛い。
もしかしたら、いじるともっと可愛いかもしれない。
「さ、一緒に食べましょう、マスター」
「あぁ。」
マスターは僕の隣から一席あいたところに座った。
でも僕はすかさずマスターの隣へと席を変える。
なんでだよ、という顔をして、僕の方を二度見する。
マスター可愛い!
「マスター、どうかしましたか?」
「いや、何も…」
多分鬱陶しいと思われるだろうけど、さらにくっついてみたらどうだろうか。
「な、なんだよ。」
「マスターいい匂い」
何一つ嘘は言ってない。
やっぱりあの匂いはマスターだった。
「はぁ!?アイスに集中しろ!」
そう言うマスターだか、マスターのスプーンに乗ったチョコミントが今にも溶けそうだ。
僕も食べたかったしね。
「マスターこそ、アイス溶けますよ?」
ぱくっ
うん、チョコミントも美味しい。
あれ?マスター、どうしたんだろうか。
なぜか動揺しているようだった。
もしかして、僕がチョコミント食べたから怒ってる?
いや、怒ってるわけではなさそうだ。
「マスター、大丈夫ですか?」
「え、は?何が?」
マスターの顔を見ると、赤くなってる。アイス食べてるのにどうして?
熱でもあるのかな、今日疲れただろうし。
「熱でもあるんですか?顔、赤いですよ?」
「そそそそ、そんなこと、ないっ!大丈夫だからっ!
てかアイス食べるの早っ!」
「もう1個食べていいですか?」
「好きにしろ!」
本当に大丈夫かはよくわからなかったが、冗談で言ったら食べてもいいと言われたので、また別なアイスを食べに行くことにした。
「アイス♪アイス♪」
いろいろあって嬉しいけど、ダッツが無いのはマスターのお財布事情だろうか。
僕が2つ目のアイスを食べている間に、マスターは食べ終わったらしい。
「あ、お風呂沸かしておきましたから、どうぞ入ってください!」
バスタオルを手渡すと、なぜかマスターは不思議そうな顔をした。
「水、大丈夫なのか?」
そこの心配!?
そんなマスターを見ていると、もう少し意地悪や冗談を言ってみたくなる。
「そんな一昔前の機器じゃないんですから。ちゃんと防水されてますよ。だからマスターと一緒にお風呂に入っても」
ドスッ
「何言ってんだよ!」
案の定、みぞおちに一発喰らわされた。
「ちょ、ちょっと痛いです、マスター、冗談ですよ。」
少し不服そうな顔をするマスター。もうちょっとオーバーリアクションにすれば良かったかな?
そうだ、僕は機械だから大丈夫だけど、マスターはアイスだけではちゃんとした栄養にならない。
僕が来て、いろいろ大変になったかもしれない。せめて、何か役に立ちたい。
簡単な晩ご飯でも作っておこう。
知識としては頭に入っている。
サンドイッチと目玉焼きでいいだろうか。マスターは女性だから、山ほどは食べないだろうし。
冷蔵庫からハムやレタスやチーズ、トマトを出し、切っていく。食パンを半分に切り…え?
痛い。うっかり包丁で切ったとでもいうのか?
というか、ボーカロイドなのに怪我するのか?
そういうことこそきちんと説明してくれ。
中途半端にキッチンを散らかすのは、マスターが余計に苦労するだろう。やるなら最後までやってやる。
次に目玉焼きを作ろうとするが、早速黄身が破ける。ちょっとメンタルにくるものがある。
そうだ、スクランブルエッグというものがあった。それだ…は?
熱い。嘘だろ、やけどもするのか。だからどうとも言っていられない。せめて綺麗に盛りつけて、リビングのテーブルに運ぶ。フライパン等を洗っておく。
マスターはお風呂、長い方なのかな?
僕はリビングに戻り、皿にラップをかけておいた。
そして、少しソファーの上に横になった。
マスターは一人暮らしなのに、どうしてこんなに大きいソファーにしたんだろう?
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「ねぇ、あんた、生きてるんなら何で生きてるってすぐに言わなかったんだよ。」
マスターが何か言っている?
というか、僕は寝ていたのか。
「マス、ター?」
「何で突然髪の毛青くして、青いカラコンいれるようになったんだよ。」
「え、マスター、僕は元から…」
なんのことだろうか、僕が青いのは、前からで、染めたわけでもカラーコンタクトでもない。
「なんなのその呼び方。前みたいに、ねーちゃんでいいじゃん。なんか、姉弟じゃないみたい、嫌だそれ。」
さっきはマスターって言っても何も言わなかった。
さっきまでのマスターじゃないみたいだ。
「え、どういうこと、ですか?マスター?」
「琥珀じゃ、ないの?」
「え、琥珀?宝石、ですか?」
マスターは少しだけ呆然としたかと思うと、僕の袖を強くつかみ、詰め寄ってきた。
「なんで、こんなにそっくりなのに、違うの?じゃあ、あんたは誰なの?ねぇ、ねぇ!」
「ぼ、僕は、カイトです。カイトですよ。」
マスターは僕を、誰かと勘違いしている?
「ごめん、なんでもない、なんでもないから。今のは気にしないで。本当にごめん。」
我に返ったようにはっとして、俯いたマスター。
「ごめん。ホントにごめん。」
俯いたままマスターは部屋へと走り、鍵をかけてしまった。
僕が、何かいけなかったのだろうか?
床に、一滴の水滴を見た。
僕はただ、マスターの部屋の前で、座り込むしかできなかった。