囚人と青い鍵 1
7 ごめんね、そしておかえり(翡翠side)
ごめんなさい。
ごめんね、みんな。
私が…
お父さん
お母さん
琥珀
私のせいで…
どうして私だけ、ここにいるんだろう。
もう1年半近く経つのに、こんな考えを繰り返さずにはいられなくなる。
もう私はひとりだということ、もうみんないないこと、頭ではわかっていると思うけれど、全然認められない。
きっと帰ってくるよ。だから部屋はそのままにしておくね。きっとどこかで笑ってるんだよね。
ひょっこり、帰ってきたんだよね?
青い髪も、蒼い瞳も、イメチェンかな。随分と思い切ったね。箱に入って宅急便?ドッキリもいいとこだろ。私のことマスターって、そんな、キャラ変えたところで、カオスになってるだけなんだから。
違う。彼は彼だ。カイトだ。
琥珀ではない。
琥珀は風呂を沸かしておいてくれるなんて気の利いたことしないし、アイスみたいな甘くて冷たいものより、むしろ熱くて辛いものの方が好きだし。
そういう問題じゃない。
もう、何もしたくない。
1年半前からそうだった。
辛うじて大学は行く。日々の生活に必要なものは買いに行く。
趣味らしきことも、遊びに行くことも、何もしたくないんだ。サークルにも入らなかった。特に友達を作ろうとも思わなかったけど、萌は話しかけてくれるから、仲良くはしていた。
思い出すから。
いろんなところに行って、たくさん笑って馬鹿やって、でも暖かかった、そんな日々を思い出すから。
そして、もう戻ってはこないことを認識せざるを得なくなるから。
きっと帰ってくるんじゃないか、今でもどこかでそう信じている。だからみんなの部屋はそのままにしている。
でも何も思い出したくない。思い出すようなことはしたくない。
だから、弟と一緒に歌って、演奏したギターやマイクは全部押入の奥にしまった。写真も、ただ1枚を残して全部しまった。弟と一緒にやったゲームも、両親と一緒に見たビデオも全部。捨てられないけど、見たくない。
ただ、本を読むか勉強するかだけでいい。別に好きではないけれど、何も考えなくてすむ。ただ頭をそこに割いていればいい。気づけば頭が良くて付き合いづらい奴という烙印を押されているらしいが、私にとってそんなもの、どうでもいい。
ただ、思い出したくない。
思い出したくないから、何もしたくない。
もはや、これでは生きている必要すらもない。
生きたい理由もない。
ただ、死なないための惰性。
なのに、それなのに。
どうして今、弟に生き写しの男が家にやってくるんだよ?
テロか?私への精神的なテロか?
それなら、いっそのこと、琥珀の代わりとして扱ってみようか?
お父さんとお母さんは戻らなくとも、せめて琥珀だけでも…
腫れた目を隠すようにサングラスをかけ、パーカーのフードを被る。
ドンキくらいならやっているはずだ。
髪色戻しと黒のカラーコンタクトくらいあるだろう。
部屋のドアを開ける。
「マスター!?」
こいつ、ずっと私の部屋の前にいたのか?
「買い物行ってくる」
「ちょ、待ってくださいマスター!」
腹立たしい。その呼び方。せめて全然違う顔立ちなら、違ったかもしれないのに。
「マスターって言わないで。」
乱暴に家のドアを閉め、私は出かけた。
彼は呆然と立ち尽くしていたようだったが、知らない。
琥珀の偽物なら、"琥珀"になってもらわなければ。
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帰ってくると、私が出かけたときのまま立ち尽くす彼の姿があった。
「ただいま。」
サングラスをはずして、帰りの挨拶をしたのに、身動き一つしない。
「何ぼさっとしてんの。」
「マス…ねーちゃん、おかえり。」
たどたどしい。気に入らない。
「髪、染めるよ。」
「え?」
「その青い頭、黒に染めるから。」
「え?…えぇっ!?」
「早く。」
「わかった。」
なんだ、飲み込み早いじゃないか。
「これ、あんたの服。」
弟のものを差し出す。琥珀も、目の前の男も180cmくらいだから、ちょうどいいだろう。この白いジャケットは汚れたら高そうだし、夏だというのに、何しろマフラーが暑そうだ。見ているこっちが暑い。
「うん。」
素直に着替えている。
今の私はどんな表情をしているんだろう?
「じゃあ、始めるから。」
説明書通りに、淡々とこなしていく。
目の前の青は、漆黒へと変わっていく。
「これ、つけて。」
蒼い瞳の彼は、手渡した箱をまじまじと眺めている。
「早く。」
彼は箱を開け、小さな曲面の黒を、小さな曲面の蒼に重ねた。
「おかえり。"琥珀"。遅いよ、馬鹿。」
黒い髪、黒い瞳。高身長で細身。我が弟ながら整った顔立ち。私の可愛い弟。あんたがいなきゃ、何も足りないんだよ。
目の前の"琥珀"を、私は迷わず抱きしめた。
「俺も、会いたかった。ねーちゃん、遅くなってごめん」