黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 24
「俺がこれまで使っていた剣、カタストロフは、元は生ける者だった。最後の枷を壊したことで、きっと間もなく彼も元に戻る。その時はどうか謝っておいてくれ」
「ヒース……」
「ではさらばだ……」
ヒースは前に向き直り、メアリィを背負いソルブレードを突き出し、瘴気の渦へと飛び込んでいった。
「ヒース!」
シンの叫びは果たして届いたのか、それは誰にも分からなかった。
ソルブレードの先端から溢れる聖なる力によって、あらゆるものを一瞬にして腐敗させる瘴気さえも打ち消されていく。
「メアリィ、大丈夫か?」
ヒースは背中に掴まるメアリィを一瞥する。
「ええ、私は……」
メアリィはヒースの纏ってくれたエナジーのおかげで、瘴気から守られていた。
「それよりもヒースさんが……」
ヒースの体は、だいぶ崩壊が進んでいた。左足を半分以上失い、右手は瘴気の影響で腐食し始めていた。また、依然として体を死神に蝕まれており、頭の先が消えてしまっている。
ヒースの体の内、比較的きれいなままだったのは、ソルブレードを握る左手のみである。
「俺の事は気にするな、どうせ朽ち果てていく身……む?」
「あれは?」
強力な瘴気を超え、進んだ先に、二人は目的の物を見つけた。
人一人ほどの高さの、先端部が球体の黒く、紫色の毒々しい塔がそこに立っていた。
「……ようやくたどり着いたか。あれこそが世界を瘴気で満たす装置……」
ギアナ村を崩壊させ、さらに世界を暗黒の霧で満たす装置は、僅か人間の身長ほどしかなかった。
ヒースはソルブレードで辺りの瘴気を回転して振り払った。
「メアリィ、ここで降りてくれ」
周囲の瘴気が消えたのを確認し、ヒースは指示を出した。メアリィは言われた通りにする。
「よし、ではあのエナジーを使ってくれ」
ヒースの言うエナジーとは、メアリィがマリアンヌのペンダントを手にしたときに発現したものである。
しかし、ヒースの体は左手を除き、もう何をしても決して修復できるものではなかった。
「大丈夫、無駄な事じゃない。さあ、早くするんだ」
回復しても絶対に助からない、と言えずにいるメアリィの心を読んだかのようにヒースは言った。
「例えソルブレードで打ったとしても、あの装置を破壊することはできないだろう。悔しいが俺にはソルブレードを使いこなすことはできないのだ。だから君の清浄なるエナジーを受けてから叩く必要がある。だから頼む」
意図を告げられても、メアリィはまだためらっていた。
「どうした、早くするんだ。俺の体ももう持ちそうもない」
「ごめんなさい、ヒースさん、できないんです!」
メアリィはためらっていた理由を叫んだ。
「できない? そんなはずはない。君は確かにマリアンヌの……」
「さっき一度発動した時に、かなりのエナジーを使ってしまったようなのです。もう一度試そうとはしているのですが、僅かにエナジーが足りないのです!」
ヒナを回復するときにエナジーを使い、先にマリアンヌのエナジーを発動した時とあわせ、メアリィは精神力を大きく消費していた。
どれほど精神力を集めても、僅かに発動するには至らない。自らの持つ精神力を超えたエナジーを使用すれば、死の危機が伴う。
「ごめんなさい……ここまで来ておきながら、私が至らないばかりに全く何の役に立つこともできなくて……!」
メアリィは自らが情けなく、悔しくて涙を流した。
「メアリィ」
不意にヒースはメアリィの名を呼ぶ。
メアリィは顔を上げ、泣き腫らした目でヒースを見ると、そこにはとても穏やかな表情があった。戦いの時、復讐のみを考えていたヒースとは、まるで別人と思えるほどに優しい笑みを携えていた。
「君は一人じゃない。一緒に戦う仲間がいる、大切な人がいる。そしてきっと、
マリアンヌの意思もある……」
「ヒースさん……」
「大切な人の事を想うんだ。そうすれば想いは力になり、君のものとなるはずだ」
根拠などまるで無い言葉であったが、不思議とヒースの言葉はメアリィの胸に強く響いた。彼の言葉により、次第にメアリィの心に希望が浮かび上がってくる。
これまで共に旅をし、あらゆる苦難に立ち向かってきたロビン達の顔が脳裏に浮かぶ。
消えつつある身を押して戦うヒースの姿と仲間達の姿が重なったとき、メアリィに変化が起きた。
「うっ!?」
頭に衝撃を受けたかと思うと、脳裏に断片的な風景がいくつも映った。
それはメアリィの記憶にあるものではない。しかし、その景色には必ずヒースがいる。
ヒースとは今日、初めて出会ったはずであるのに、メアリィにはとても懐かしく思えた。
「そうですか、これが……」
メアリィの脳裏に、走馬灯のように駆け巡った光景は、マリアンヌのものだとすぐにわかった。
マリアンヌの記憶を垣間見たメアリィに、力が湧き上がった。マリアンヌの力が発現し、エナジーが溢れんばかりに満ちていき、メアリィの体が蒼く輝きを放った。
「ヒース……」
メアリィは呼び掛けた。
「メアリィ?」
ヒースはメアリィを見た瞬間、我が目を疑った。
メアリィの背後に、ある少女の像が浮かんでいた。
顔まではしっかりと見えなかったが、深緑の髪と純白のワンピース姿は見紛うはずがなかった。
「まさか、マリアンヌ……!?」
「ヒース、悲しかったね、辛かったね。でも、もう大丈夫よ」
マリアンヌの像はメアリィの言葉を借りてヒースに呼び掛ける。
「ヒースが消えてしまっても、絶対に忘れない、覚えているから……」
メアリィは操られるようにヒースに手を向けた。
「……だから、せめて安らかに……」
マリアンヌの像は消えていった。同時にメアリィはエナジーを発動する。
『グレイスフル・ピュアウィッシュ!』
マリアンヌの記憶との邂逅を果たしたメアリィのエナジーは、更なる癒しの力を得ていた。
死神に蝕まれ、朽ち果てていったヒースの体が元に戻り、きれいに元通りとなった。
膨大なエナジーを使用した反動により、メアリィは地に膝をついた。
「……さようなら、ヒース……。さよう、なら……」
メアリィはマリアンヌの言葉を繰り返し言いながら、力尽きて気を失った。
「マリアンヌ、メアリィ。俺は君達が安心して過ごせる世界を取り戻そう……」
ヒースはソルブレードを構え、切っ先を装置へと向けた。
「……これで、全て終わりにできる。俺が受けた咎、その全てを俺ごと消し去る!」
ヒースは装置へとソルブレードを突き刺した。そして翼を広げ、上空へ向かって装置と共に飛翔する。
「はああああっ!」
ヒースはその身をエナジーで輝かせ、持てる力を全てソルブレードに込め、装置を粉々に砕き散らした。
破裂した装置から瘴気の素が吹き出した。デュラハンによって魔物の体となったヒースも、瘴気の元凶には耐えられず、触れた瞬間に体が再び朽ちていく。
ーーありがとう、そしてさようなら、メアリィ……ーー
エナジーの光の中、ヒースは霧散していく。
ーー……さようなら、マリアンヌ……!ーー
ヒースが飛翔していった光の軌跡は、巨大な柱となり、その光の中、ソルブレードがゆっくりと降下していた。同時にヒースの翼の羽根が、ひらひらと風に流され落ちていく。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 24 作家名:綾田宗