未来への報償③
平古場なりに真面目に付き合ってきたと思う。けれど、別れ際を思い出して見れば、どれもあまり思い出として記憶に残っていない。印象に残っているものが、ほとんどないのは何故だろう。一緒に過ごす日々は、どれも楽しかったはずなのに。
だからだろうか。ふとした瞬間に、漠然とした不安に襲われることがある。
今、この胸にある感情は、本当に好きという気持ちなのだろうかと。
そんな苦しい想いが、何度も頭をよぎる。
どこかの偉い人達が小難しく語るような、恋も愛もよく分からない。ただ、木手へと向かうこの想いは何なのだろう。
この平古場の胸に生まれた"好き"という感情は、愛情なのか、友情なのか。
どうして、こんな想いを抱くのだろう。同性の、しかも自分よりもずっと男らしいとさえ思える相手に。それが、平古場にとって一番知りたいことだった。
こうして何度も、同じ疑問について考えた。そして、この問いに悩む度に思い出す記憶があった。
全国大会が終わり、久しぶりに沖縄に戻ってきた日。
その夜、海で久しぶりに二人で派手に喧嘩したこと。
木手の思い悩んだ顔も、ため息も、うっとおしいと思った。
慰めたいとか、放っておけないとか、傍にいてあげたいとか、そんな感情よりも、ずっと強く平古場の内でわき起こった感情だった。
けれどそれは、平古場自身が木手を助けることが出来ない存在だと、きっと知っていたからだ。
甲斐や田仁志のように、長いつき合いがあるわけでもない。意見が合わなくて喧嘩ばかりして、お互いに助け合うような仲ではなかった。だからあの日、平古場がとることが出来た行動は、無理矢理にでも前を向かせて歩かせることだった。
それは結果的に、木手の背中を押すことができたのだけれど。
でも、振り返ってみれば、悔しかっただけなのかもしれない。
平古場の知らない木手がそこにいたから。いつだって部長として強く気高い存在だったはずなのに、目の前にいる存在はそんな強さをどこからも感じられなかった。
だから、悔しかった。甲斐や田仁志が知っていて、平古場が知らない木手が、きっとそこにいたから。
そんなことを思う時点で、子供っぽい思考回路だと辟易した。
自分のものではないことは分かっているのに、独占欲ばかり強くなる。たとえ、平古場のものだったとしても、全てが手に入る訳ではないのに。
そこまで考えて、平古場は大きく息を吐き出した。
これ以上考えても答えなんて出ない気がした。
だから、気持ちを切り替えるために、立ち上がり、軽く柔軟運動をする。辺りを見回してみると、さすがにテスト終わりの為か、誰も人がいなかった。学校内にも部活がある連中以外は居ないのかもしれない。
テスト終わりなんて、だいたいの生徒達が徹夜明けの寝不足で、家に帰って寝てるか、学校が早く終わるお陰で遊びに出かけているかのどちらかだろう。
平古場もいつもなら、部室に顔を出しているのだが、もう引退した身なので、なんとなく立ち寄る気分にはなれなかった。
屋上に来たのも、海が見たいというただの思いつきだった。
潮の香りがする風を受けながら、平古場はおもむろに素振りの練習を始めた。ラケットは持っていないので、フォームの確認をする程度しか出来ないけれど、今はそれで十分だった。
一通り確認が終わり、体の熱を冷まそうとシャツのボタンを2つほど外して、服の間に風を入れるためにバサバサとシャツを引っ張る。ちょうど風が吹き込んで、体の熱を少しだけ取り去ってくれた。
誰もいないなら、脱いでしまおうかと考えていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには長身の木手が立っていた。
雰囲気から察するに、平古場の素振りが終わるのを待っていたようだ。本気で練習をしていた訳ではないのだから、声くらいかければいいのにと思いながら、平古場は片手を軽くあげて木手へと答えた。
「ちゃーした。まだ、帰ってなかったんだな」
「君を捜していました」
予想外の言葉に、平古場は目を丸くして、木手をまじまじと見つめ返す。
平古場の脳内に初めに浮かんだのは、木手に怒られるようなことをしたかどうかだった。けれど、最近は特に目立つようなことはしていない。テストのことだろうかと思ったけれど、それでわざわざ探しには来ない気がした。
「わんを? わん何かしたっけ?」
「いえ。君が何かをした訳ではありません。・・・・・・それとも、心当たりがあるのですか?」
「いやいや、無いです。まったく!」
「・・・・・・まぁ、そういうことにしておきましょうか」
「やーのそーいう所、マジムカつくさぁ……」
平古場が何もしてないことを分かっているくせに、わざと不愉快になるような言葉を選ぶ。甲斐や他のメンバーなら、素直に言葉を受け取って落ち込むか、泣き言をいう所だろうが、生憎と平古場はそんな殊勝な性格ではない。
平古場は鋭い視線で睨みつけたが、木手は冷たい印象を与える笑みを浮かべているだけだった。木手をよく知らない相手であれば、恐ろしく見えるだろうその笑みも、平古場達にとってみればいつも通りの木手だ。ただし、今は平古場には、苛立ちを誘う笑みにしかとれない。
睨みつける平古場を鼻で笑うと、木手は床に落ちている平古場の携帯を拾い上げた。
「何度かけても繋がらないと思っていたら・・・・・・。こんな所に置いて、踏みつけて壊したらどうするつもりだったんですか」
「そんなヘマしねーよ!」
「まったく、君は・・・・・・」
口調から完全に呆れた様子が伺えた。木手は、平古場に近づくと携帯を渡す。それを受け取り、液晶画面を開くと、木手の言葉通りに複数の不在着信の文字が羅列されていた。
こんなに木手から電話が掛かって来たことは、今まで一度も無かったような気がする。眉間に皺を寄せて、平古場は疑問を口にした。
「・・・・・・? 急ぎの用事でもあったのか?」
「急ぎ、という程ではないのですが・・・・・・」
「ふぅん?」
木手の言葉からだけでは、今一つどのような内容なのか分からなかったが、メールで用件を済ますことなく、わざわざ平古場を探してまで伝えたいことがあることは分かった。テストが終わったタイミングを選んだのも、木手なりの配慮なのかもしれない。
「俺が説明するよりも、これを見てもらった方が早いと思います。先ほど部室でも他のメンバーに渡しました」
そう言って、木手は肩にかけてある鞄の中から、白い封筒を取り出した。手渡された白い封筒には、"平古場凛様"と黒い字で書かれている。
これがどうした、と視線だけで木手に問えば、「よく見てください」と促される。手紙を再度見てみれば、手で持っている辺りに文字が書いてあった。
その文字を読むと平古場は眉を顰めて、もう一度木手に視線を向けた。
手紙が自分宛に来ているのは分かったが、その差出人に心当たりがない。心当たりがないというよりも、何故こんな所から手紙が送られてきたのかが分からなかった。
「間違いなく、君宛の手紙ですよ。開いて読めば、君が抱いている疑問の答えがそこに書いてあります」