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未来への報償⑤

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 木手は、この状況をどうするべきか思案する。
 ワンダーキャッスルの使えない元の丸井に戻ってしまった今、とるべき選択肢は二つしかない。このまま試合を続けるか、もう一度裏切り相手側につくか。

 勝つためには、どうするべきか――。
 答えなど考えるまでもない。そう、木手自身のモットーに従うならば。

 けれど、遠野の次の攻撃が丸井へと向った時、それを阻むために体を動かしていた。テニスボールは木手の体へと直撃し、その痛みを堪えるために奥歯を強く噛み締める。
 驚く丸井に貸しの一部を返しただけだとそっけなく言うと、何事もなかったかのようにポジションに戻った。丸井と木手のどちらが体格に恵まれているかは比べるまでもない。遠野の攻撃も木手自身なら耐えられると判断したからこそ、丸井の変わりに攻撃を受けようと思っただけだった。そして、両目が見える木手なら打ち返すことも可能だろうと判断したからだ。
 けれど、腐っても相手はU-17日本代表の一軍選手である。丸井の小柄で軽やかなフットワーク、身体能力があればこそ遠野の攻撃をかわすことができた。木手も決して丸井に劣っているわけではないが、その体格や丸井を庇っている状況では避けることは困難だった。
「処刑法、其ノ八……」
 立て続けに襲う処刑法に、木手はボールの当たった胸を押さえて地面に膝をついた。痛みと口に広がる血の味が、この状況と自身の無様さを示しているようで悔しかった。
 まだ、負けてなどいない。
 そう思ったからこそ、遠野の獲物をいたぶって楽しんでいる顔を睨みつけた。
「ぜ……全然……効きま……せんよ」
 木手の強気な発言すら楽しいとばかりに、遠野は嘲笑うように残り七つの処刑が残っていることを高らかに告げる。心底楽しそうな笑い声が、木手の脳内に響き渡った。
 残り七つ。その処刑を全て受ければ、全身が麻痺し指一本すら動かせなくなると、自慢げに話す声ををぼんやりと聞きながら、木手は残りの処刑について考えていた。今までの処刑を執行されて、立つことさえやっとという状態なのに、これ以上の攻撃に耐えられるのかと。
 その時木手は、駄目かもしれないという思いが脳裏を過ぎった。
 尋常ではない痛みが体を苛むせいで、正常な思考が働かない。普段の木手ならば、この程度で音を上げることはないはずだが、一方的な攻撃と壮絶な痛みに思考がマイナスな方向へと向っているのだろう。
 痛みのせいで考えがまとまらない。焦るばかりで、立つということさえ気がつかず、コートに膝をついて、嘲笑う遠野を見つめることしかできなかった。
 この男に屈辱を与えられたままで終るのだろうかと、恐ろしい考えが脳裏を支配する。立たなければと思い、足に力を入れた拍子に靴が滑った。足が震えている。
 その時、このまま立てないのかもしれないと木手は思った。無様な姿を晒したまま、この合宿が終るのかもしれないと。
 そう思った瞬間、本当に足が動かなくなってしまった。たぶん迷いの所為で。
 こんなことは初めてで、自分の不甲斐なさに、何もかも諦めてしまったほうがいいのではないかとさえ思った。
 
 その時、強い風が吹いた。

 冷たい風が横から木手へ向って吹いてくる。突然の風に、周りの選手達も少しざわついている。木手はその瞬間、何かに導かれるように、風が吹く方角へと顔を向けた。
 視線の先に、平古場がいた。強い意志のある瞳が木手を見据えている。その瞳には、心配も同情も怒りも嘲りもなく、熱の篭った強い意志を宿す煌く瞳が、ただ真っ直ぐに木手へと注がれている。
 二人はただ無言で見つめ合う。そうしているうちに、木手の脳裏に声が聞こえた。
 いつかの平古場の声が。

 ――いつまでそうしているつもりやっさー。立てよ
 
 暗く冷たい海。怒りの篭った声。月と同じ金色の髪。
 そして、蹴られた背中の痛み。

 あの夜の出来事を思い出して、木手は静かに笑った。
 平古場は相変わらず、冷静な顔で木手を見つめている。けれど、その瞳にある熱を木手は正しく理解することが出来た。
 諦めない心、何者にも屈しない精神、そして何があろうと己を信じて前に進む覚悟。
 足に力が戻ってくる。今度は滑らないように、慎重に体重を足の裏全体にかけて立ち上がる。

 あの日あの夜、平古場に蹴られた背中の痛みに比べれば、この程度の痛みなどたいしたものではない。

 強がりでもはったりでもなく、心の底からそう思えた。平古場の思いをこれ以上、もう踏みにじりたくないと思った。たとえ、倒れることになったとしても、それがどうしたというのだろうか。怯え嘆き、試合を諦めてしまえばきっと後悔する。
 もう、あの時のような後悔は二度としたくなかった。
 平古場の視線を感じる。風が吹く。
 冷たい秋風は、土と緑の匂いと人々の熱気を運ぶ。木手は空を見上げて目を細めた。

 本当に手足が動かなくなるその一瞬まで――、戦おう。

 それがきっと今出来る唯一。
 殺し屋の名に恥じぬよう、相手を叩き潰すだけ。そう決意を新たに、不愉快な笑いを浮かべる敵を射殺すつもりで睨みつけた。



***



 ゆっくりと目を開くとそこは見慣れない天井と、ベットを囲むように引かれた白いカーテンが視界に映った。
 ここはどこだろうかと、体を起こそうとした時、全身に走った痛みに呻きベットへと体を戻す。視線だけを動かして周りを見渡せば、ここが医務室であることを思い出した。
 試合は、思い出したくもないが負けてしまった。丸井まで交渉されていたとは知らなかったが、それを怨む気にはならなかった。木手自身も交渉され、一時は相手のチームと手を組んでいたのだから。
 空調の音が静かに響いている以外は、木手以外に人の気配は感じられなかった。他の選手はいないのだろうかと不思議に思っていると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。ノックをした後、扉がゆっくりと開く音がした。戸惑ったような気配に、本当に木手しかこの室内にいないのだと思っていると、戸惑っていた気配の持ち主が、足音を消してこちらに向ってきた。誰だろうかとこちらへと向ってくる人物へとカーテン越しに視線を送る。そこに現れたのは意外というべきか、予想通りというべきか、金色の髪をもつ平古場だった。
「起きてたのか」
 いつもの軽い口調で声をかけてから、木手が寝ているベットの傍へと寄ってきた。痛むかと心配する様子を見せながら、木手の顔を覗き込んでくる。
「それよりも、ここには私しかいないのですか?」
「ああ、やーしかいないみたいやっし」
 骨が折れている様子はないけれど、体の怪我はどの程度のものなのか知りたいと思っていた。だが、それは叶わないらしい。仕方ないと溜め息をついて、ベットに全体重をかけて寝ることにきめた。
 眠る素振りを見せても、平古場はその場を動かなかった。寧ろ、カーテンの片側を開けてベットへと無遠慮に腰掛けてしまう
「君、何してるんですか」
「付き添い」
作品名:未来への報償⑤ 作家名:s.h