Rain stops
古文書を適当にパタパタとめくって見ていくと、付箋が付いていたり、メモが挟んであったりする。ノートを破ったメモ書きには、図式のようなものが書いてある。一番上に丸で囲まれた文字を読む。
「加茂の磐座……? ああ、あの、真っ二つの岩のことだよな。これが?」
加茂家の磐座から矢印が伸びて、地名が書かれ、また矢印が伸び地名、また矢印、とそれが繰り返し書かれてある。
「なんだこれ? 何かの順番?」
陸は首を捻る。そのメモ書きには“○○について”などの情報が一切ない。ただ地名の羅列だけだ。
「士郎が忌神に憑かれたのは加茂の磐座だったって聞いた。……これって、あの荒神が封印されてきた道程を遡った、とか?」
ひらめいた陸は、通学カバンの中から地図帳を探し出す。地図帳を広げ、メモに残された地名を探す。だが、授業で使う地図帳は範囲が広すぎて詳細な町名までは載っていない。
「あー、もう!」
苛立って、立ち上がった。
「地図、地図、道路地図とか!」
バタバタと居間へ向かった陸は、台所に声をかけた。
「アーチャー、地図ない? 道路地図!」
慌てた様子の陸に面食らいながらも、手を止めずにアーチャーは顎で示す。
「地図ならば、テレビの下にあるだろう?」
すぐさまテレビ台を確認する。
「あ、あった! ありがと!」
すぐに居間を出ようとする陸を、
「夕飯だぞ」
とアーチャーの声が引き止めた。
「うー、あー、っと……」
すぐに戻って調べたいが、そうすると、説明しなければならない。アーチャーにはまだ伝えられる状態ではない。見当違いだったらアーチャーをぬか喜びさせるだけになってしまう。
陸は数瞬で結論を出した。
こういう時の陸は、一気に頭の回転が速くなる。その上、最善を選択することにも長けている。
「あ、うん。じゃあ、食べる」
「道路地図など、宿題か?」
「うん、そんなとこ」
逸る気持ちを抑えつつ、配膳を手伝い、夕食を食べはじめた。
「今度の週末さ、加茂家に行く日だけど、一泊してもいいかな?」
加茂家の磐座でも何かわかることがあるかもしれないので、陸は時間に余裕を持っておきたかった。
「かまわんが? 何か言われたか?」
「ううん、ちょっとあそこの書庫で調べたいものがあって」
「ふむ。そうか。お前の実家でもあるのだから、ゆっくりしてくるといい」
「実家とかやめてよ。あんなとこで、おれ、育った覚えないし」
「そう、毛嫌いするな。お前を養ってくれているのは事実だ」
「あんなの、飼い犬と同じだろー」
「ああ、確かに」
妙に納得するアーチャーに、陸は笑ってしまった。
「あ、あと、お願いもある。あの小さい奴、預かってて」
しばし考えたアーチャーは、ああ、と“あの小さい奴”で示されたものがわかったようだ。
「式神だろう? 連れて行かないのか?」
「うん。まだ連れて行けないんだ」
アーチャーが首を捻っている。陸の扱う式神なのに、連れて行けないとはどういうことか、わからない様子だ。
「えっとさ、まだ世間に慣れてなくて、変に刺激すると大変なことしでかしそうだから、ここに置いておいて」
アーチャーはそれで納得したようだ。
世の中に慣れていない、下手に力のあるものを外へ出すと危険、ということなのだ。陸が側にいれば問題はないのだが、万が一という可能性があるので、陸は衛宮邸に置いておきたい。
せっかく式神として育てつつあるモノを、下手をして失いたくないというのが陸のおおかたの理由だ。利益的なものではなく、陸の愛情的なところでの話なのだが、それをアーチャーもわかっている。
了解した、とアーチャーは、快諾する。
陸が式神や内なる存在と、どのように付き合っているかをアーチャーも承知している。このあたりについては口を出さないのが常だ。
「エサは?」
不意にアーチャーが思い出したように訊く。
「や、そんなの要らないし」
「そうなのか?」
少し驚いたような顔をして、アーチャーはその小さい奴こと、仔猫状の式神を思い浮かべているようだ。
「たぶん、ずっと寝てるからさ。起きたら、時々頭でも撫でてくれればいいよ」
「ようするに、見た目通り、猫と同じようなもの、ということだな?」
「うーん……、猫又だけどねー」
「化け物か……」
呆れた顔でアーチャーは眉間にシワを寄せた。
「えーっと……」
道路地図と照らし合わせて士郎の残したメモの地名を追っていく。加茂の磐座から転々として、それはほぼ本州全域に及んでいる。
「こんなに、動いてんだ……」
そして、地図でその地名を見ていくと、全てに共通する名が出てきた。
「素戔嗚神社……」
思わず呟く。
「偶然かな? 素戔嗚尊を祀る神社ってたくさんあるし、別にここだけってことでも……」
古い神社関連の冊子に目を向ける。士郎の書いた地名の神社が全て記載されている。
「近代になって、素戔嗚尊を祀る神社が増えたって、なんかに書いてあったな。じゃあ、元々はここだけが素戔嗚尊を祀っていたってことなのかな? それで、ここに……」
だが、なぜ、加茂家の磐座に封じられていたのか、それも忌神として、と疑問が浮かぶ。
「何かがあって、忌神になっちゃったってことかな……」
考えながら、ふと思い至る。
「士郎の中にいたのって、素戔嗚尊だったの?」
ここまでこの名前に当たってしまうのもおかしい。
偶然ではなく、必然な気がしてしまう。
これだけ顕著な証拠であれば、嫌でも気づかざるを得ない。陸は顔を上げて拳を握った。思わずガッツポーズをとってしまう。
「よっし! 一歩進んだ!」
この神社を辿れば何かわかるかもしれない。その予感が明確な意思となるのに、それほど時はかからなかった。
週末、訪れた加茂家で文献を探したが、加茂の磐座について、そんなにわかることはなかった。真っ二つの岩の前に立っても、怨念のような意味のわからない言葉だけが湧き上がるだけだった。
「神社の方を当たろう」
加茂家から一番近い素戔嗚神社で、陸はその社の霊査を試みた。だが、何も手掛かりは掴めない。この社からは“主が消えた”という一点張りの思念だけが伝わってくる。
「主が消えた、って、神様がいなくなったって、言いたいのかな?」
一通り神社の敷地内をくまなく霊査したが得るものはなかった。
(神社を辿っていっても、何もないのかな……?)
そうは思っても、今のところ唯一の手掛かりだ、そうそう諦められない。
「他の神社にも行ってみよう」
さいわい月に二回は加茂家に行く日がある。それを利用して足を向ければいい。近場なら調べに行くこともできる。とりあえず、今回は収穫ゼロで、家路につくことにした。
「ただいまー」
居間へ向かいながら、家の中が静かなことに首を捻る。陽の傾きかけた夕刻、アーチャーが夕飯の準備をしている時間のはずなのに、なんの音もしないのはおかしい、と思いつつ居間へ入る。
「アーチャー、どうかし――」
「陸、今、寝たところだ」
指を口元で縦にして、陸に静かに、と示唆するアーチャーの脚の上には、丸くなって眠る、仔猫状の式神がいる。
「ずいぶん、なついてんね……」
すやすや眠る仔猫に陸は、少し呆れながら笑う。
作品名:Rain stops 作家名:さやけ