黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 25
「いかにも……、わしの名はカロン。死神の長にして、冥界の案内者じゃ……」
魔物はカロンと名乗った。
「……そして今は主たるデュラハンに仕える配下の最後の一人じゃよ。我が主に仇なす者はここで消えてもらおうか……」
カロンが敵意を示したと思われた瞬間、ガルシア達も戦闘態勢を取る。しかし、カロンの言葉はまだ終わっていなかった。
「……とまあ、本来ならばこう言うべき所なのだろうが、わしは戦うつもりはない……」
不意の言葉に、僅かながら驚きを感じながらも、ガルシア達は気を弛めることなく構えを解かない。
「主ら、少し力を抜いてはどうじゃ? わしは戦いたくない、老いぼれた身じゃが、デュラハンなんぞのために死にとうない……」
どうやら本当にカロンには一切戦うつもりがないようだった。全員が身構える中、ガルシアだけが構えを解き、話し合いを持ちかける。
「ガルシア!? 何をしている!?」
ガルシアの行動に、シンは捲し立てる。
「落ち着け、これから先にはデュラハンとの戦いが控えているのだ。避けられるなら無駄な交戦は避けるべきだ」
「甘いわね、デュラハンに与している奴は全て私の敵、八つ裂きにしてやるわ!」
メガエラは今にも襲いかからん勢いである。
「メガエラさん、少し落ち着きいや。何にでも噛み付こうとするんはアンタの悪い癖やで」
アズールは宥める。
「何よ、邪魔しないでちょうだい! 味方じゃないなら敵じゃない。違うかしら!?」
「メガエラ殿、アズール殿やガルシア殿の言う通りだ。少しでも体力を消費しないで済むのならそうするべきだ」
女神である自分よりも位の下である神子二人に宥めすかされ、メガエラは言葉が出なくなってしまった。
「ふんっ! じゃあもうどうなっても知らないわよ! イリスとジャスミン以外が死のうが消えようがね!」
神子の説得により、どうにかメガエラの気をおさめる事ができた。
これで話し合いができると思いきや、ガルシアは今度は、仲間達から心配されてしまう。
「ガルシア、やはりもう少し用心した方がいいのでは?」
「そうよ兄さん、やっぱり何かの罠かも知れないじゃない」
ピカードとジャスミンは不安そうな目を向ける。
「大丈夫だ、もしも俺達を撹乱する策だとしたら、奴にとって今が攻める好機だ」
血の気の濃いメガエラは戦意をなくし、ガルシアを除く者は皆少なからず動揺している。
にもかかわらず、カロンはただ佇むだけで襲いかかる気配は全くない。本当にただ話し合うことを目的としているのは最早明確であった。
「どうだ、カロンとやら?」
カロンから息だけが漏れるような笑いが上がる。
「ひゃひゃひゃ……、なかなか頭が切れるな、白衣の若造……」
「俺はガルシアだ。カロン、お前の目的はなんだ?」
ガルシアは言葉に添えるように名乗り、カロンの考えを訊ねる。
「目的、か……。そうじゃな、デュラハンの専横から逃れられればそれでよい」
「ならばさっさと逃げればよかろう。何故従順に罠をはって、俺達を邪魔するような事をしている?」
「ひゃひゃ……、逃げられるのならばとっくの昔に逃げておるわい」
「……どういうことだ?」
カロンには逃げられない理由があった。
かつてカロンは、死者を地獄へと送る案内役を担っていた。
地獄は、魔物の闊歩する魔界と同等のものに考えられがちであるが、性質は全く異なっている。
地獄に来る悪人の内、ある程度の富を持つ者のみが地獄での断罪の後に再び現世へと転生ができる。地獄の沙汰も金次第とは、本当の事であった。
そして、地獄から転生し、再び地獄にやって来た者は、問答無用で罰を受けた後に存在を抹消される。最初に地獄に来た者で金のない者はすぐに存在自体を消されてしまう。
こうした地獄の管理を行っていたのが、死神の長、カロンであった。
「……とまあ、このようにわしは地獄の管理者の役割を果たしていたのじゃ。しかし、全ての世界の王にでもなろうとしていたデュラハンによって地獄は壊滅させられ、わしは捕らわれて彼奴の配下にさせられてしまった。そういうわけじゃ」
カロンは自らの身の上を話した。
「お前の役目については分かった。しかし、デュラハンから逃げられないとは一体何故なのか、俺が訊いているのはそこだ」
カロンは肝心な話を忘れていた事に気付く。
「ひゃひゃ、これは失敬したのう。年を取るとどうにも話が長くなってしもうて……。では簡単に話をまとめよう。デュラハンから逃げた所で、わしにはもう行くところがないのじゃ……」
地獄はデュラハンによって壊滅させられている。カロンの話が正しければ確かにそうなる。
「いくら老いぼれたとは言え、わしは消えてしまいたくないでな。仕方なく彼奴に従ったふりをしておる」
地獄の存在であるカロンには、地獄以外に存在できる場所はない。
今はデュラハンのおかげでウェイアードに存在しているが、デュラハンが全世界の王になってしまえばカロンの存在する意味はなくなる。まず間違いなく消されるのが、カロンには予想できたのであった。
「そこで白衣の若造、ガルシアじゃったな? 主に頼みがあるのじゃ」
「何……?」
デュラハンを倒して自由の身にしてほしい。そのような要求が来るものと考えていたガルシアだったが、予想は全く違っていた。
「ガルシアよ、主はその身にタナトス、いや、それ以外にも様々現世の理から外れたものを宿しておろう?」
ガルシアは驚いてしまう。カロンの言うものは間違いなく黒魔術の事だった。
「そして主の持つそれは黒魔術の魔導書であろう」
ガルシアは思わず、ネクロノミコンを手にしていた。
「カロン、貴様の目的はなんだ!?」
「まあそう身構えるでない、何も取って食うつもりなどありはせん。むしろ逆じゃよ」
「何っ!?」
「ガルシアよ、タナトスらと同じく、わしを取り込み、主の力にしてみるつもりはないか?」
カロンの願いとは、なんとガルシアの力の一部となる事だった。
「先も申したように、わしにはもう戻るところがない。このままであれば、わしはデュラハンに消される運命にある……」
カロン一人が抗った所で彼に待ち受けるものは消滅だけである。しかし、ガルシアの黒魔術の力に、あえて取り込まれることにより、ガルシアが死なない限りは身の安全が保証される。
万が一ガルシアがデュラハンにやられる事があれば、その時は潔く消滅を選ぶしかないが、このまま傍観者を気取っていても運命は変わらない。
ガルシアの力を見抜き、カロンがデュラハンに抗うために選んだ道であった。
「さて、どうする? もっとも、わしは主に身を委ねるつもりしかないがの」
ひゃひゃ、とカロンは不気味な笑いをあげる。
「…………」
ガルシアは黙して考えた。
カロンより感じられる力は、冥界の案内者を行っていた死神の長というだけあって、ガルシアに宿る死神、タナトスをも軽く超えている。これだけの力が手に入れば、デュラハンとの戦いも優位に進められるやもしれない。
しかし、同時に危険も伴っていた。
カロンほどの死神を使役するには、相当な力量が必要となることは明白であった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 25 作家名:綾田宗