ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第8話
ソロはそれを誰かに気づいて欲しい、わかって欲しいと思う反面、必死に隠そうともしているんだ。
誰にも自分の弱さを知られたくない、けれど誰かに理解して認めてもらいたいという矛盾した願い。
オレも一時期そんな思いを持っていた・・・だからわかる。
あいつはオレと違って、理解されたいという思いより自尊心のほうが優っていたんだ。
そのせいで未だ誰にも助けを求められずにいる・・・そして、矛盾した思いに支配された心が悲鳴を上げ始めている。
そうだ。
アレン「・・あいつ、大丈夫なのか」
エックス「ん、何が?」
アレン「レック。ソロの部屋を見に行ってからずっとあんな調子だぞ。よっぽど酷いことになってたんだな」
エックス「ああ・・・・まあ・・・。
・・・あいつ、多分もともとそういう奴なんだよ。話してわかったんだけどさ、他人の痛みを本当に自分のことみたいに受け取って・・心から理解してくれる。そんでもって、本気で元気づけようとしてくれるんだ。だから・・・ちょっと落ち込んじゃったんだと思うぜ」
ロト「いい奴っていうのはそんなもんだろう。他人の苦しみも喜びも、自分のこと同然に受け取る。だが真面目な奴ほどそのせいで駄目になっていく」
アベル「・・・心の痛みっていうのは、そう簡単に他人に打ち明けられるものじゃないからね。ソロ君みたいなタイプはただただ時間が過ぎるのを待って、結果的にそれを完全に外から見られるようになった時が、彼らにとってのゴールなんだよ」
エックス「そういうのは誰にでもあることなんだろうけど、やっぱ人によって度合いが違うもんなぁ」
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・・着いた・・・ここだ。
薄暗い森のような沼地。
そこは気味が悪いほど静まり返っていて、風ひとつ吹いていない上に魔物の気配がしない。ぬかるんだ地面に足が進まず、オレは気分がますます下を向いていくような気がした。
エックス「なんだこりゃ・・・何もいねえのか?」
アレン「いや、気配を殺すことぐらいなら中級の魔物でも可能だ。だが確かに少しおかしいな」
ロト「ああ・・・大丈夫か、レック?」
レック「ん・・・あ、ごめん」
大丈夫だ、と笑顔を作って返すが、ロトは困ったような顔でオレを見た。
落ち込んでることを見透かされていると気づくにはお釣りがくるような表情だった。
レック「なあ、あのさ。・・ここなんか変な感じしねえか?なんつうか・・・生き物の気配がしないっていうか」
オレは思わず不自然な形で話をそらしてしまった。けどロトは気を遣ったのか、それに応じてくれた。
ロト「確かにな。他と違って動きがない・・・木も草も、泥も水も。作り物みたいだ」
アベル「そうだね。なんだろう、無機質な匂いがするよ」
アベルは枯れた木から伸びる茶色い蔦を眺めながら、眉間に皺を寄せた。
どうやら予想は外れた。ここには何もいないらしい。
というか虫1匹いない。木も、ただ枯れているという感じじゃなく、もともとそういうふうに作られたような・・・
アレン「・・・・・・なんだ、あれは?」
アレンが奥のほうを見つめて言った。
・・向こうの濁った小さな沼に、何か浮かんでいる。1つではなく、数十個の・・・なんだろう?
オレたちはそっちに向かった。
すると、外のあの血生臭い匂いとは違う、腐敗した肉のような悪臭が鼻をついた。
思わずうっとえずくと、前かがみになったせいで地面が目に入った。
次の瞬間――
レック「・・・・ヒィッ!?」
オレは目を見開き、声を上げて後ずさった。
横にいたロトがオレを見て、地面に目をやった。そして口に手をやり、同じように後ずさる。
・・・・地面には、大量の蛆虫が蠢いていたのだ。そいつらは血まみれで、狂ったようにうねうねと身をよじり、動き回り、貪るように地面にめり込んでいるのもいる。
ブーツにも何匹か登ってきていたので慌てて振り落とした。
後ろに下がっていくと、蛆虫はいなくなった。
よく見ると蛆虫がいるところは地面の色が違う。赤黒い、ドロドロした・・まるで・・・・・・
エックス「うえぇっ・・気持ち悪ぃ・・・!何なんだよ・・・!?」
自分の肩を抱いてエックスが身を震わせた。
アベルも顔を顰めて口に手を当てている。
アレン「死肉を喰らう虫か・・・下に何かあるんじゃないのか?」
レック「おっまえ、よくそんな平然としてられるよな」
アレン「ふん、蛆虫ごときでいちいち驚くか。根性のない奴だ」
アレンは魔法か何かでこいつらを吹っ飛ばせば進めるだろうと提案した。
オレとロトが同時にイオラを唱え、蛆虫たちを粉々に吹き飛ばすと、そいつらがいた地面は歪に盛り上がっていることがわかった。
蛆虫に食いつくされたソレはぐちゃぐちゃになり、胃がひっくり返りそうなほどの凄まじい腐敗臭を放っていた。
赤黒く濁った色の巨大な肉塊。
ドロドロに溶けた無数の目玉。
ひしゃげて原型をとどめていない口、その周りに散乱する折れた鋭い歯。
見覚えのある魔物の死骸だった。
エックス「これって・・あれじゃね?最初に戦った奴」
レック「ああ。・・・トライポッドだ」
ロト「名前があったのか?」
レック「みたいだ。ソロに聞いた」
アベル「・・・みんな、どうやらこれはここで死んだわけじゃないみたいだよ」
アベルが視線で示すほうを見ると、死骸から引きずられたような跡が森の外へ続いていた。
外から引きずられてここに捨てられたのか。
エックス「かなり前に死んでるよな、これ」
アレン「魔物同士で食い合いでも起きたんだろう。それよりも、あっちだ」
アレンが向こうの沼に歩いていく。
オレたちも後に続く。
・・・だがそこで、オレはまたしても咳き込みながら前かがみになってしまうのだった。
それは魔物の死骸なんかよりもっと不気味で、信じ難く、異常さが滲み滴るような光景だった。
手だ。
手が無数に浮いている。
ドロドロに濁った、黒だか緑だかわからないような色の沼に、数十個もの人間の手が。
・・しかもそれはよく見ると、・・・・・・・・オレたちの手だ。
手袋や袖でわかるがアレン、ロト、アレフ、・・エイト、ナイン、サマル・・・・・・みんなある。
手首から下は水に浸かっていてどうなってるのかはわからない、だがそれは・・・・・
あまりにもありえない。
気持ち悪すぎる。
だって、同じものがいくつもいくつもあるんだ。
人間に手は2つずつしかないのに・・・最低でも1人7・8本はある。
それが所狭しと水面を埋め尽くし、手のひらで水をピチャピチャ叩いていたり指を蜘蛛みたいにでたらめに動かしたり空に向かって伸ばすように上を向いているのもある、中には爪が剥がれて血が滲んでいたり爪と肉の間に蛆虫がたかっていたり―――
ああ。
・・・・・・・突然、ぐらりと視界が揺れた。
バシャーン、と音がした。オレの体の周りで。
視界が黒く染まり、息ができなくなった。ごぽごぽと口から空気の泡が上へ昇っていく。
・・・あ、あれ?
目の前に、異様に長い手が現れた。
さっきまで沼の水面にあった、オレの手・・・いや、オレの手はここにあるぞ?
オレの体はどんどん沈んでいく。