ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第13話
アルスは「信じられない」とでも言いたげな表情で俺を凝視している。
ガラスの壁の向こうに目をやると、容器には少しの血が溜まっていた。僅かに骨と、小さな肉塊も沈んでいる。
さて、そろそろあいつらもこのエリアの趣旨を理解した頃だな。
そんなことを考えていると、背後からアレンのつぶやくような声が聞こえた。
アレン「お前・・・・・頭おかしいんじゃないのか」
5日目 07時54分 ―サマル―
右手がずるりと穴から滑り抜ける。
ボクは、無言で膝から床に崩れ落ちた。
両腕はもう肘から下どころか、痛み以外全体の感覚がない。
膝立ちになったせいで黄色い液体が太ももまで来た。熱湯に浸かったかのような熱さが一瞬・・・直に炙られているような痛みが覆い尽くす。
サマル「・・・ぅ・・・・ううぁ・・・・・・・・」
もうどれだけ痛くても、叫び声を上げる気力なんて残ってない。
四肢を包み込み蝕む激痛から逃れられずに、ただただむせび泣くしかなかった。
・・ああ・・・ボクの手足はどうなっちゃってるんだろう・・・・
喉がヒリヒリする・・・・・水が飲みたい・・・。
その時、ふと視界が暗くなった。
――――――
――――
――
アレン「サマル・・・サマル・・・っ」
気が付くとボクはベッドに寝ていた。あの部屋から出られた・・・そう思うと安堵で涙が出てきた。
目線を動かすと、ガラスの壁近くでアレンが両手で顔を覆い、床に膝をついていた。
アルスさんは耳を塞いで目を固く閉じている。
ソロさんは壁にもたれて手に持った何かを眺めている・・・
と、アルスさんがボクに気付いてこっちに駆け寄ってきた。ソロさんがアレンの肩を叩いて、目線でボクを示す。
アレン「サマル!!」
アルス「サマルさ・・・あ・・・」
アレンはボクの姿を見るなり、駆け寄ってきてボクの頬に手を当てた。
アルスさんは手で口を抑えて、目に涙を浮かべたままボクを見ていた。でもすぐに棚にある包帯を取り出してきて、ボクの腕に巻こうとした。
ソロ「待て。こっちが先だ」
するといつもと何ら変わらない調子で、ソロさんがゆったりとテーブルの道具箱から何かを出した。
あれは・・あの裁縫道具だ。一体何をするって言うんだろう・・?
そしてボクのそばまで来ると、もともと持っていた小さくて透明な棒?みたいなものをボクの両肩にそれぞれ1回ずつ押し当てた。するとちくり、とそこが痛んだ。
サマル「う・・・」
アレン「何を・・っ」
ソロ「慌てるな。まだ完全に感覚が死んでるわけじゃないだろうから、麻酔を射したんだ。これ以上痛いのは嫌だろう?」
針を小さな白い布で拭きながらソロさんはボクを見た。
ボクは頷く代わりに少し目線を上下させた。
少しすると、両腕がなんだかなくなっちゃったみたいな変な感じがしだした。まったく何も感じない。
怖くなってきてアレンを見上げると、アレンは目を見開いてボクの手の方を見ている。
何だろう。
アレンの視線を追って自分の手を見た途端、信じられない光景が目に入った。
裂けてぱっくりと口を開けていたボクの手首を、ソロさんが・・・・・縫ってる。
わけがわからない。どうなってるの?
アルスさんも同じような表情で、何か銀色の細いものを使って黙々と作業を続けるソロさんの手元を凝視していた。
ボクは頭がくらくらしてきて、もう見るのをやめた。
しばらく時間が経つと、・・と言っても多分15分くらいだったんだろうけど、もう片方の手も縫い終わったみたいで、ソロさんは僕の両腕に包帯を巻いて固定すると、もうきれいにしてあったらしい裁縫道具を片付けた。
そして今度はボクの両足を白い布で拭いた。布が触れたところはヒヤッと冷たくて、でも不思議と痛みはあまりなかった。
何かスポンジのようなものを挟んでから、同じように包帯を巻いていく。
それが終わったら赤い液体が入った透明な袋をチューブとつないで、その先端に何か取り付けて、白い布を一緒に当てながらボクの喉元に押し当てた。
そして最後に、麻酔が入っていたあの透明な棒に道具箱から取り出した瓶の中の別の液体を少し入れる。
それをさっきと同じようにボクの喉元に当てる。そこが麻酔の時と同じようにちくりと痛んだ。
・・・・ボクら3人は言葉もなく唖然とした。
ソロさんの手際はびっくりするくらい良くて、あっという間に終わってしまった。
まるで食後のティーカップを片付けるかのような・・・
ソロ「痛み止めも注射しておいたから少しは楽になるだろう。あんまり動かすなよ」
少し疲れたような表情で手を拭きながら、ソロさんは椅子に座って足を組んだ。
アルス「・・こ・・・これって、血?」
アルスさんが赤い液体が入った袋を見て言う。
ソロ「そうだ。あのまま放っておいたら失血死するからな」
アルス「平気なの?なんか・・・ものによって書いてあること違うけど・・」
ソロ「それくらい確認してある」
ボクは天井を見たままその会話を聞いていた。
心なしか、手足の痛みが引いてきた気がする。
アレン「・・・お前、本当に何者なんだ・・・・・・」
ソロ「・・注意書きの通りに行動してるだけだ」
と、その時。
アレンの足もとが赤く光りだした。
アレン「な・・・・」
ソロ「・・・・・・・・・・。」
アルス「・・・アレンさん・・・・・・・」
・・・・次は、アレンの番なんだ。
・・・・・・・・・・・・・嫌だ・・・・・・・・・・・何も見たくない、聞きたくない。
アレン「・・・・・・・・・・・・。」
アレンは無言で、おそらくすぐ前にある魔法陣を踏もうと体の重心を傾けた。
ずきんと胸が痛んで、すごく嫌な予感がした。嫌な。
サマル「や・・・アレン・・・・・・」
アレン「・・サマル?」
サマル「やだ・・・嫌だよアレン・・・」
涙が溢れてくる。
サマル「お願い、死なないでね・・・絶対に戻ってきて・・・お願い・・・」
アレン「・・・・・当たり前だろ・・・俺はお前を残して死んだりはしない」
アレンは優しく微笑んで、ボクの額を撫でた。ボクはその変わらない笑顔に、冷えて固まった胸の中の何かがじんわり温かくなって溶けていくような気がした。
アレンが魔法陣を踏むと、その姿はすうっと透けて消えた。
サマル「・・・・・・・アレン・・・・・・・・・・・・」
アルスさんが悲痛な表情で壁にもたれ、床を見つめながら言った。
アルス「なんでこんなことしなきゃならないんだろう・・・・・・
・・・ボクたちが何をしたって言うんだろう・・・・・・・・・?」
・・・・・・・やっぱり、そう思ってたのはボクだけじゃなかったんだ。ほんの少しだけなんだか安心した。でも・・・
アルス「・・・ボクたちは殺し合いをする気なんて毛頭ないけど、もしかしたらそれをさせるためなのかも知れないね」
アルスさんの口からそんな言葉が出てくるなんて意外だった。
だってそれはつまり、この状況から抜け出すための手段として、「殺し合いをする」という選択肢を見始めている可能性がゼロじゃないことを示してるんだから。