ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第28話
エックスが呟いた時、背後でやっと聞こえるほどの小さな音がした。
カサリという、紙が床に落ちた時の音だった。
俺は振り返り、それを見る。
・・・・・注意書きか・・・・・・。
拾って目を滑らせ、予想が当たったことを確認すると、みんなに声をかけた。
『次のテストに入る。いくつかのユニットをクリアして先に進んでいくだけのものだ。
だが油断はするな、難易度は非常に高い。死者を出さずに全てのユニットをクリアするのはまず不可能と言えるだろう。そこで特別にヒントを与える』
死者を出さずにクリアするのは不可能。その言葉に、その場にいる全員の顔と体がこわばったのがわかった。・・・・・1人を除いては。
『調子で分かったと思うが、ここだけは魔法が使える。ただし回復や補助、能力増加の呪文は無効化となる。もちろん蘇生もできない。
奥の天井付近に何かの装置が見えるだろう。あれに魔力ダメージを与えると、ここに入った時まで時間が戻る。ハンデとして記憶は消えずに残る。つまりリセット、やり直しだ。
何度か使うと装置は壊れてしまう。本当に必要な時にだけ使用するように。では健闘を祈る』
アベル「・・・・本当にゲームなんだね・・・」
アルス「リセットか。・・何度使うと壊れるのかを教えてくれればいいのに」
ため息をついて本音を漏らしたアルスに、俺は少しだけ笑った。
ロト「きっとこれを書いた奴も俺たちを試しているんだろう。・・・時間制限はあるんだろうか」
ソロ「いいや。それに書いてないならないってことだ」
言うなり、ソロはさっさと前の階段を降り始めた。
エックス「おい!」
ソロ「大丈夫だ。少し待っててくれ」
追いかけて階段の下を覗き込んだエックスが目を見張る。彼の背後から俺も階段の下を見たが、そのどこにもソロの姿はなかった。
とその時、ゴウン・・・と部屋全体が小さく揺れ始めた。それと同時に頭上で足音が聞こえ、何か機械を起動するような音が響いた。
アルス「・・・あれっ?」
上を見ると、階段で下に降りたはずのソロが何やら装置をいじっている。すると間もなく、階段の下にある大きな門のようなものが、横にスライドしてゆっくりと開いた。
エックス「・・・・・・・嫌な予感しかしやがらねえぜ」
奥の空間から、熱気と悪意の混じった風が流れ込み、まるで俺たちを飲み込もうとしているような気がした。
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5日目 09時32分 ―エイト―
エイト「左はあと何秒ありますか!?」
アベル「わからない、けど・・もう残り少ないのは確かだよ。・・・ソロ君!」
ソロ「ああ、わかってる」
不気味な音を出しながら一桁の数字を減らし続ける巨大なタイマーに向かって、ソロさんが魔法の詠唱をした。魔力が収束して真っ赤な火の玉になり、タイマーを直撃すると、甲高い音と共にそれは停止した。
エックス「・・・間に合った・・・・・・」
エイト「まだ安心するのは早いですよ・・・!」
壊れたタイマーの横に、同じものが新たに出現する。『180』という数字が1秒、また1秒と容赦なく減っていく。
今回のユニットはまた更に過酷なものだった。
3つに道が割れた迷路を、3人が1人ずつに分かれて進んでいく。15分以内に最奥まで辿りつき、そこで更に3分以内に1人1つずつ、鍵を見つけ出す。そして他の誰かがそれを確認して、魔法攻撃でタイマーを止めなければならない。
時間内に達成できなければ待っているのは死だ。
だが、それだけならまだ楽な方。
最も質が悪いのは、その鍵のある場所もしくは手に入れるための手段だ。
目の前にある壁の文章に目を通す。書いてあったのは短い一文だけだった。
鍵は既に、貴方の手の中にあります
・・・・・?どういうことだ・・・・・!?
無論、僕は何も持ってはいない。そして鍵というのは概念や人物や意思のことではなく、赤い金属でできた「物」であることはもうわかっている。
エイト「・・・・・・・・・っ・・・・・」
既に手の中にある?意味がわからない。これは言葉遊びなのか・・・?
ソロ「エイト!」
その時、頭上から鋭い声が聞こえた。ソロさんだ。
ソロ「そのままの意味だ!周りをよく見てみろ!」
言われた通り、自分の周りを見渡す。すると壁に、小さなナイフがかけてあるのを見つけた。
だが、それだけだ。それ以外は何も・・・・
・・・・・・・そのままの、意味?
ふと体の動きを止め、考える。
エイト(・・手の中に・・・・・・・・・・手の、・・・中・・・・・!?)
自分の手のひらを見つめた。そのままの意味。とすると、まさか・・・・・・
壁に掛けてあるナイフを見て、確信した。
そうだ、鍵は・・・・文字通り僕の“手の中”にあるんだ・・・
タイマーを確認すると、残りは144秒。急いでナイフを手に取り、考える。右手と左手のどちらだ?いや、考えていてもきっと無駄だ。先に利き腕でない方を試そう。
一度深呼吸をして覚悟を決めると、恐怖を感じる前にナイフを左手のひらに振り下ろした。
エイト「うぐっ・・・!!」
痛みにはある程度慣れたと思っていたが、まだそう簡単にはいかないようだ。激痛で手を動かせなくなる前に、もう一度・・・
そして刺したまま、ナイフの柄を下に押して切り口を広げる。
エイト「く・・・ぅ」
歯を食いしばり、傷口を見る。直視したくないが探さなければ。駄目だ・・・まだ傷口が小さい。
再びナイフを刺そうとするが、尋常ではない痛みに手が止まり、怯んでしまう。
駄目だ、時間がないんだ・・・早くしなければ!
今度は刺したナイフをそのまま動かし、周りから切り離した皮膚と肉を剥がして中がよく見えるようにした。だが、何もない。ドクドクと溢れる血、血管、肉、脂肪、骨・・・鍵らしきものは見当たらない。
しまいには手のひらの皮膚を全て剥がしたが、鍵は見つからなかった。
エイト「く・・・・・・」
タイマーを見る。残り89秒。
くそ、なんて運の悪い・・・・それとも利き腕ではない方を先に試すと最初からわかっていたのだろうか。
それにしても、こんな状態の手でナイフを持って、もう片方の手に同じことをしなければならないなんて・・・
しかし嘆いている時間がないのはわかっている。肉がむき出しになった手でナイフを掴み、右手に突き立てた。そしてそのまま、一気に横に動かし、向きを変えて縦に動かす。
エイト「ァう・・・っぐ・・・!」
持っている方の手の痛みも重なり、ナイフを床に取り落としてしまう。もう拾う気にはなれず、手で直接皮と肉を剥がすことにした。
膝をつき、息を吐いてタイマーを見ると、残りは53秒・・・・・
エイト「っ・・・は・・・・はぁ・・・・っ・・・・・」
痛い。痛い、痛い、痛い!!
早く見つけないと・・・・!!
・・・・!爪の先に、何か硬いものが当たった。骨とは違う、でも近くに・・
・・・・・・あった・・・・あった!これだ、赤い鍵・・・・・・