ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第30話
頬をなでて涙を拭ってやると、レックはその場にくずおれた。
・・・レックはきっと、俺の頭がどうにかなってしまったんだと思っただろうな。
ああ、そうさ。俺はおかしい。自分の愛したものだけを守ろうと決めたその時から、俺は普通の精神状態でいることをとっくに諦めた。
そうでなければ、今ここに立っていられるもんか。
ソロ「レック、俺はな。全部知ってしまったんだ。
人間でいることを完全に捨て、仲間を守ることに全てをかけると誓ったその結果・・・この世界の成り立つ法則に気付いてしまった。でも、俺は負けない」
レックは顔を上げない。だが、表情は読み取れる。
ソロ「お前に叱咤された時、気付いた。そして決めた。どんなことをしても俺は守りたい人たちを守る。そうすることにしか俺は、もはや自分が生きる意味を感じない。それは悲しいことに見えるかもしれないが、俺にとってはそれだけが幸せだ」
レック「・・馬鹿・・・・野郎・・・・」
ソロ「ああ。本当にそうだな。自分でもそう思うよ。でも、もう決めた。
今日の夜、夢の中で会いに行く。・・・・・・きっとお前を更に悲しめることになってしまうと思う。
でもそれまでは一緒にいよう」
――――――――――
――――――
・・・・・俺が最初に殺したのは、俺の全てを奪った奴だった。
もう何百年も前のことだ。あまりよくは覚えていない。
最後にエビルプリーストを倒して、俺の勇者としての使命が完遂された時。
俺は自分が自分であることの意味を見失ってしまった。
それまでずっと当たり前に思っていたことに疑問を感じるようになり、その疑問はやがて今まで無縁だった恨みや憎しみ、妬みといった感情に変わっていった。
勇者だから。
涙を見せてはいけない。
勇者だから。
自分の望みを諦めなくてはならない。
勇者だから。
すべて受け入れて世界のために尽くさなければならない。
どうして?
どうして俺なんだ?
なぜ俺がこんなことを引き受けなければならなかった?
世界を守れるよう強くなった。何もかも我慢して飲み込んで、耐えた。
全世界の理想である勇者でいるために。
だったら、
・・・・・だったら今俺がこんなところにいるのはなぜだ?
冷たい。寒い。痛い。体が熱い。苦しい。怖い。
・・・・・・・・・助けて。誰か、助けて。
どうして、誰も助けてくれない?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・ああ、なんだ。そういうことだったんだ。
俺は最初から捨て駒だったんだ。あの竜神の。
俺はもう役目を終えた。だからあとはどうなろうと知ったことか。
そういう、ことだったんだ。
だったら、もういい。
・・・・・・・気が付いたら俺は血だらけで、ロザリーヒルの塔の中にいた。
目の前には誰かが倒れていた。
血でところどころ赤く染まった長い銀髪。
それが誰なのかはすぐにわかった。
俺は持っていた天空の剣を見る。やっぱり、血が付いている。
俺は震えながら近寄り、冷たくなったその手を握り締めた。
そして涙をこぼしながら笑った。
これだけは、はっきり覚えている。この時の感情だけは。
どうして・・・俺のことを最後まで壊してくれなかったんだ。
なんで中途半端に心を残したんだ。
体も心もぶち壊して、あんたのしたかったようにすればよかったのに。
どうして俺に自我を残したんだ。
そんなことをしたらあんたは、俺に殺されるに決まってるだろう・・・。
なんて馬鹿なことをしたんだよ。俺は、俺はあんたがいないと生きていけないのに。
どうしろって言うんだよ。
そう思いながら俺は、まるで眠っているかのようなそいつにキスをした。
血の匂い。冷たい唇の感触。
脳裏にこびりついて離れない。
・・・俺はいつからか、ピサロに与えられる直接的な苦痛や快楽に依存するようになっていたのだ。
異常者が薬に依存してやめられなくなるのと同じように。
それなしではいられなくなっていた。
なぜなら、肉体的な激痛や激しい快楽に支配されている間は、心が苦しくなかったから。
悲しみや不安、苛立ち、世界に対する不満の全てを、忘れていられた。
何もかも忘れて、自分が誰かも忘れて、与えられる感覚だけに酔いしれていられた。
それが終わって勇者としての自分を取り戻すたび、俺は後悔と自己嫌悪という名の地獄の苦しみを味わった。
自分は一体何をしているのか。こんな汚らわしい身体で、勇者でいられるのか。
そしてそれを忘れるため、より強く激しい感覚を求めるようになる。
その繰り返しだった。
・・ピサロは俺を哀れみながらも楽しんでいた。神のしもべであり、世界に光をもたらす聖なる存在である勇者を堕とし、汚し、辱めることに愉悦を感じていたのだろう。
両依存などという生優しいものではなかった。
お互いがお互いを欲し、お互いに利用し合い、お互いに激しく憎みあって、お互いに早く死んでしまえばいいと望んでいた。
いつから俺は、こんなにおかしくなってしまったんだろうか。
いつから俺は、こんなに可哀想な奴になってしまったんだろうか。
そう考えたとき、原因として思い浮かぶのは必ず・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・許せない。
世界を救ったあと、俺は廃墟になった故郷に戻った。
誰もいない。何もない。
俺の帰りを待っていてくれた人なんて、誰ひとりいやしない。
俺にはもう、何もない。
なのに・・・なのに。
なぜあいつには、帰る場所があるんだ。
なぜあいつのそばには、大切な人がいてくれるんだ。
俺の大切な人は、あいつに殺されたのに!!
・・・・そう思ったとき、俺は勇者じゃなくなった。
荒れ狂う心のままに復讐を決めた・・・ただの哀れな男だった。
・・・・・・・・・・・・そしてピサロを殺したあと、俺は自然と天に向かって叫んでいた。
血だらけで涙をこぼしながら、なのに心の底から大声で笑って。
ざまあみろ。
それはピサロにではなく、天空で俺を見ているであろう竜神に向けての言葉だ。
光と正義の象徴である俺が、その名を汚し打ち砕く。
今までずっとしてきたことだったが、これほど心が晴れたのは初めてだった。
それから、その世界での記憶はない。
破壊神たちのゲームが始まってからしばらくして、俺は全く見知らぬ場所に呼び出された。
そこはとてつもなく広く、規模の大きな洞窟のようなところだった。
注意書きによればそこは迷路のようになっていて、脱出するには邪魔者を倒しながらとにかく出口を目指せとのこと。
俺はその通りに動いた。
だが気になったのは、その“邪魔者”がみんな俺と同じ姿をしていることだった。
持っている銃の種類や組み合わせまで同じ奴もいれば、全く違う奴もいた。
出くわすと真っ先に撃って戦いを挑んでくる奴もいれば、逃げていく奴もいた。
魔法か何かで化けた魔物だろうと思って撃ち殺していたが・・・・
最初の出口に着いたところで、そいつらの正体を聞かされた。