ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第30話
目の前に現れたのは、足元まである長い髪も衣装も肌も何もかもが雪のように白く、目だけが血のような色をした背の高い男。
そいつは自分を破壊神の一人だと名乗り、俺に今の状況を説明した。
・・俺が今まで殺してきたのは魔物でも何でもなく、紛れもない“俺自身”だったのだ。
平行世界・・・別の世界の自分。俺と同じように勇者として生を受け、世界を救い、そしてこのゲームに呼ばれた・・・。
そいつは俺にこう言った。
俺は今、無数に存在していた自分の可能性を潰し、自分が今いる自分だけであるという確実性を得るために、自分より劣った世界の自分を殺す必要があるのだと。
そして同じ言葉を、生き残っている他の俺にも言って回っていると。
次のフロアではそれぞれ、どこかにある出口・・・元の世界へ戻る扉を開けることのできる鍵を探してもらう。フロア内に鍵は無数に存在するが、扉を開けられる本物の鍵は1つだけであり、それを奪い合うこと・・・そして生きて元の世界に戻れるのは1人だけ。
そして今の時点で生き残っているのは、相手を犠牲にして自分の望みを叶える覚悟を持つ者だけであると言った。
つまり出会えば即戦闘になり、相手はこちらを殺すつもりで来るということだった。
そのフロアで俺は気付いた。
装備品が俺に近い奴ほど俺に似た動きをし、俺に似た動きをする奴ほど強い。
そしてそいつらはみんな、前のフロアにいた奴らとは顔つきがまるで違う。
怯える素振りやためらいなど微塵も感じさせない。相手を倒し、自分が生き残ることだけを考えている表情。
もちろん強さも比べ物にならなかった。
じゃあ俺もこんな顔をしているのか・・・などと考えながら、俺はまたあることに気付いた。
倒れて動かなくなった相手の腕を見ると、俺と同じように火傷の跡があった。
つまり、ピサロに拷問をされたことがあるということ。
前のフロアではない奴が多かった。
つまりここから考えられるのは、俺と同じもしくは近い経験をした奴ほど強いということ。
するとあの白い破壊神が現れて、面白半分にこんなことを言った。
俺の場合は、客観的に見て不幸だと思われる体験をした数や度合いと、戦闘における強さが比例している、と。
俺も同じことを思っていた。辛い経験をした奴ほど仲間を守りたいという願望は強くなり、そのために倒されまいと動きは速く正確になる。表情も険しくなる。
言い方を変えれば・・・より辛い思いをしてきた奴がより強い。
そういうことだ。
しばらくして鍵はだいぶ集まり、ぱったり敵に出会わなくなった。
妙に静かな通路を歩いていると、かすかに血の匂いがした。
警戒して足を止めると、何かが空気を裂く音がほんのわずかに耳に届いた。
殺気を感じ、咄嗟に上半身を左に倒すと、銃弾が右頬をかすめていった・・・よく覚えている。
そのまま1回、2回と体をひねって回転し、後に続いてきた弾をよけた。
息を止めて空気の流れを探ると、頭上からかすかな風と・・鉄の匂いがした。
頭を後ろに投げ出し上半身を逆さにする。そのまま地面に手をつき蹴り上げ、体勢を反転させた。
空中で一瞬見えた銀色の光。・・・俺と同じアサルトライフルを持っていると分かった。
今まで俺がいたところの地面に、ライフルの先の刃が突き刺さる。
同時に俺は後方に着地し、そいつの心臓めがけてライフルを連射した。
だがごく狭い通路であるにもかかわらず、壁を蹴り飛び上がって全ての弾をよけると、勢いをつけてライフル本体を俺の頭に叩きつけようとしてきた。
予想だにしていなかった動きに一瞬動揺するも、俺も同じようにそれをライフルで弾き返す。
そのままの勢いでもう片方の手に持っていたサブマシンガンを撃つがかわされ、同じように壁を蹴って相手の銃撃を避け・・・直後、同時にお互いの鳩尾をお互い左足で蹴り飛ばした。
同時に吹っ飛び、同時に着地し、同じように顔を歪める。
だがすぐに再び地面を蹴り、ライフルを剣がわりに正面衝突。
確かここまで無呼吸だった。
そしてまたほぼ同時にイオラを撃ち、双方共に後退する。
・・・ここに来てやっと息をつき、俺は危機感を感じた。
ここまで動きが完璧といっても過言でないほど同じ。切り出したのが向こうなので多少タイミングに差はある、しかし行動や力の入れ具合そのものはまったく同じだった。
装備はもちろんすべて同じ。右手で目にかかった前髪をよける仕草まで同じ・・・!
・・・・・・・確信した。こいつが、最後だと。
おそらく相手も同じことを思っただろう。
そこで俺はあることを思いついた。今考えてみると無茶なことをしたもんだ。
構えるのをやめ、おもむろに立ち上がると・・・俺は手に持った銃を放り投げて捨てた。
怪訝そうに俺の手元を見た相手を、挑戦の眼差しで見下ろす。
同じ思考回路を持ってるなら、取る行動はひとつだ。
すると案の定、向こうも武器を捨てた。
俺がクセで左頬だけを上げて笑うと、そいつも同じように微笑んだ。
俺が重心を前に移したのと同時に、相手も前かがみになった。
だが俺はその時を狙って、上半身をねじりすとんと体を落とすと、ほぼ地面に平行になるような向きで蹴りを繰り出した。
このあたりから俺はどうやって相手と違う動きをするか、いかに相手の不意を突くかを考え始めたのだ。
だがやはり一筋縄ではいかないようで、相手は一瞬で動きを読み腕で受け止める。
しかし俺にとってはこれだけでも大きな収穫だった。同じ動きをしなければ、次にとる行動も違ってくる可能性が高い。
そのままその足を蹴り上げ、一回転して地面に着地すると今度は眼前に回し蹴りが飛んできた。地面についていた腕の肘を曲げ頭を下げてかわし、その体勢のまま地面を両手で突き飛ばすようにして飛び上がる。思った通り、浮き上がった俺の体の下では下段の蹴りが空気を貫いていた。
俺は落ちがてらに体制を変え、相手の脇腹からなぎ払うように蹴りを入れた。
が、これにも当たってくれずよけられる。
・・やはり教わった体術も格闘技の先生も同じだからだろう。腕力より脚力の方がはるかに強いことを熟知し、それをいかに活かすかをお互い常に考えている。
・・だったらまあ、こうするしかないな。
俺は起き上がる直前、右手を肘が目の前に来るまで引き寄せると、相手の腕に向け渾身の力を込めて振り払った。
破裂音。相手は腕で受け止めていたが突然のことで力が入りきらなかったのか、骨が折れたようだ。
足技がすべて読まれるなら、腕でやってやる。単純にそう思ったわけだ。
少し驚いたような顔をして―しかし特に怯みもせず―すぐに魔法で治療すると、体勢を立て直すかと思いきや間髪入れずに、右手の拳を左手で掴むと重心を乗せた肘で打撃を仕掛けてきた。
肩に当たりそうになったが間一髪で弾き、前かがみになったのを利用し真似をして肘を突き上げる。
当てられるかと思ったが、それは顎に入る直前で叩き落とされる。
その直後、周囲の空気がピリッと電気を帯びたのを俺は見逃さなかった。
ちょうど俺もそろそろ魔法を使おうかと思っていたところだった。
ほとんど同時に双方の手のひらから魔力の稲妻が走る。