ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第32話
オレは足を止め、一度呼びかける。
が、反応はない。
オレは再び歩き出した。
・・・・・ソロは膝を抱えて蹲るようにして座っていた。
片手は体の横に投げ出されている。
オレがしゃがんでその手を取る。ソロは少しだけ顔を上げた。
そしてオレの顔を見ると、安心したのか肩を落として目を細めた。
その瞳の端から涙が頬を伝う。
だが、よく見ると水に浸かっていない首元や胸まで濡れていた。
そしてソロの目からは現実にはありえないほどのペースで涙がこぼれ落ち、下に溜まった水の中に溶けた。
ということは、今オレが浸かっているこの水は全て・・・・
レック「・・・・・・・・・・」
かなり長い間泣いていたのにも関わらず、ソロの顔色は悪かった。
いつもは少し泣きそうになっただけで目元が赤くなるのに。
前に・・ムーンが死ぬ前、瀕死で一命を取り留めたときの肌の色に似ている。
オレが声をかけようと思ったその時、ソロは苦しそうな表情のまま俺の背中に手を回した。
弱く力ない、消えてしまいそうな抱擁だった。
手は震えていて、時折引き攣るように肩が上がる。
声こそ出ていないがしゃくり上げているんだろう。オレは何も言わずにソロの背中をさすった。
現実では今までと変わらない様子だったのに、ここにいるソロは見たことがないほど弱々しかった。
これが・・今のこの様子が、ソロの心の内。本当の感情。
誰にも見せられない真の姿・・・。
するとしばらくして、ソロは頭をもたげた。
少し息が荒かった。
ソロ「俺・・・・・俺、レックに言ったよな・・・。
必ず、みんなを助けるって。・・もう誰も死なせないって。約束したよな。
でも・・・・・・
・・その約束は守れそうにない」
・・・・・・ソロが告白したのは衝撃の事実だった。
それはオレが考えて思っていた、このゲームに立ち向かう術とその認識を根底から何もかも覆した。
それはただ冷酷な真実であって、何をしようと決して、何が起ころうと決して覆らない絶対的な運命であること。何もできないということ。
ソロが知ったゲームの真実は、この上ない絶望をもたらした。
・・・・・・・・それでも。それでもオレは、どこか安心していた。
心は落ち着いていた。
この真実を知ることを望んでいたのだろうか。
ソロがこの事実をオレだけに伝えてくれることが・・嬉しいんだろうか・・・。
レック「・・・本当に駄目なのか。どうしても・・・抗えないのか」
ソロ「・・・・この筋書きと違う結果を生む可能性が少しでも発生すれば、何もかもが終わってしまう。俺は死に、みんなも死ぬ。絶対に逆らえない」
決まった筋書きをなぞって、そこから外れないように行動しなくてはならない。
あの注意書きはそのためにオレたちを助けてくれていたんだ。
少しでもあれと違うことをすれば、途端に均衡は崩れ・・・
ゲームは最悪の形で終焉を迎えることになる。
ソロはそう言った。
レック「・・・・・・・ありがとうな。オレに話してくれて。
・・辛かったろ?もう一人で抱え込まなくていい。その筋書き通りにしないといけないなら、そうしよう。それでオレたちができる最善のことをしよう」
ソロ「ああ。・・・・・だから・・・・・決めたんだ」
すう、と息を吸う音がした。
ソロ「・・・・・・・レック。お別れだ。俺はこの世界から消える。
明日目が覚めたらそこに俺はいるだろうが、それは俺じゃない。
永遠に。・・・それが、今俺にできる最善だ」
レック「・・・・・何を言ってるんだ?」
ソロ「・・・・。・・俺は、弱い。仲間が死んでいくのを何もせずに黙って見ているなんて耐えられそうにない。それはレックも同じなのはわかってる。でも・・・・・でも」
周りの白い空間が、僅かに点滅を始める。
ソロ「俺は死ぬわけにはいかないんだ。このままゲームが筋書き通りに進めば、俺の心が壊れてしまう。
そうなれば誰も生きてはいないだろう。そんなことは、絶対にあってはならない」
白がくすんだ灰色に変わっていく。
ソロ「だから・・・・俺は俺であることを諦める。
本当にごめん。突然いなくなることを心から詫びようと思う。お前をひどく傷つけて、失望させてしまうだろうけど。もう俺には・・・・こうするしかないんだ」
震えた声。溢れ続ける涙。
オレには、ソロが何を言っているのかわからなかった。
レック「・・・いなくなる?どう言う意味だよ・・・?」
ソロ「・・・・できればこのままでいたかった。レックたちと一緒に、自分の力で戦いたかった・・・。
でもそれじゃもう、駄目なんだ。俺は・・・俺のせいでみんなを死なせてしまうことが何より怖いんだ。
だから俺はこの役目から逃げる。自分の力で立ち向かうことをやめる。
そして俺の代わりに、みんなを最善の結果へ導いてくれる存在に全てを託す」
・・・・・なにを・・・・・・いってるんだ・・・・・・・?
ソロ「この夢から覚めれば、もうお前やみんなが俺を見ることはない。もう二度と会えないし話すこともできない。でも・・・・どうか、どうか許して欲しい。
最善の結末を勝ち取るために・・・・・・許して欲しい・・・・・。
俺にはもう・・・・・・無理だ・・・・・耐えられない・・・・!!」
灰色が濃くなった部分から、全ての色がぐちゃぐちゃに混ざった染みが一気に広がり、空間を覆い尽くしていく。
泡立つように侵食し、蝕んでいく。
レック「な・・・何言ってんだよ・・・・・待てよ・・・!
二度と会えないって・・・どういうことだよ、訳分かんねえよ・・・・・!」
ソロ「・・・・・・・・・・・・」
染みが足元まで広がってきて、無風だった空間に風が吹き始める。
頭が痛い。
ソロ「・・・・・始まったんだ。
・・・・・・・罰が・・・・・・本当の罰が始まった・・・・・・・・」
燻るように染みがどんどん濃くなっていく。
ソロはうつむいて涙を流し続ける。やがてその瞳から溢れる涙が、空間を埋め尽くす染みと同じ色に染まっていく。
透明だったそれは支離滅裂で滅茶苦茶な色になり、足元に溜まった涙をもみるみるうちに濁らせていった。
レック「だ・・・・・駄目だ・・・・・ソロ・・・!!
どこに行くんだ・・・・・・っ約束しただろ!!“オレたち”にできる最善のことをするって・・・一緒にいようって言ったじゃないか・・・・!!」
ソロ「・・・・俺はどこにも行かないよ。どこにも。
・・・・ただ、いなくなるんだ。完全に消えてなくなるだけで。
・・レック、お願いがある」
レック「っ・・・・」
ソロ「・・・・・どうか俺のことを、覚えていて欲しい。
忘れないでいて欲しい。このまま何もできないまま消えて、忘れられてしまったら・・・俺の存在自体が全くの無意味になってしまう。本当に何もかもが無駄になってしまう。
そんなのは嫌だ・・・・・・」
レック「・・・・何言って・・・・・」
ソロ「・・・お前にだけは・・・・・せめて・・・・・覚えていて欲しい。
何もできずに・・・無力なまま消えていった1人の人間のことを。人間として死を迎えることすらできなかった哀れな生物のことを。