ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第37話
レック「でもあの世界は完全に隔離されてた・・・少なくとも、この世界とは何の関わりもないはずじゃないのか」
ソロ「・・・説明してなかったな。概念ってのは、お前が考えてる“意識や意思がエネルギーや物質となって具現化したもの”って代物とは比べ物にならんほど厄介なんだ。
そうだな・・・。じゃあまず、ここに一冊の本がある」
そう言ってソロが右手を前に翳すと、その手の平の上に・・ほんの一瞬だったが何か小さな砂のようなものが空中から集まり、それが固まって本になった。
ソロはそれを机の上に置く。
ソロ「これは本だ。大体は紙、革、インク、時たま金属なんかで構成されてる。それはおそらく誰でも知っていることだろうが・・・」
そう言って、再度手を翳す。すると今度は何か得体の知れない、異様な色をした半透明の・・・なおかつ金属のような、いや・・泡にも見える謎の物体を出した。
ソロ「では、これは何でしょうか」
レック「・・いや、わかんねえけど」
ソロ「だろうな。俺も知らん。今テキトーに作ったから」
おいおい。
ソロ「お前は今これを見て、何だか見当もつかなかったろう?じゃあ、この本。どこかに生まれつき目が見えず、また手足も麻痺している気の毒な子供がいたとする。
その状態で何年も過ごしてきたその子がある日突然、目が見えるようになった。この本を目の前にして、これが“本”というものだと認識できるでしょうか?」
レック「・・? ・・無理だろ」
ソロ「なるほど。もう一回聞こうか。これは何だ?」
・・・見たこともない変な物体。としか言いようがな・・・
・・・・! そうか、なるほど。
レック「・・ああ。わからない。その子にとっては目の前に本を置かれたとしても、そのよくわからない変な奴を置かれたとしても、見たことのない物体だということに変わりはない。つまりどちらも同じ“未知のもの”でしかない」
ソロ「その通り。これが“物質”レベルのものに対する認識の差だ。
目も手足も自由なお前には、この本とこの変な奴を区別し、片方を“未知のもの”と認識することができる。だがその子供にはそれができない」
軽い動作で変な物体を消すと、本を手に取った。
ソロ「生命体にも同じことが言えるのはわかるだろ?それじゃこう考えてみよう。
“生きてる”って何だ?それは、どういう状態だ?」
レック「急にえらく抽象的になったな。うーん・・死んでないっていう状態」
ソロ「その答え方はズルい。反則です。てかややこしくなるからやめて」
レック「えーっとなあ。・・・・・・色々言えるとは思うんだが、どれも合ってるとは思えねえな。一概には言えないっつーか・・・」
ソロ「まあそうだろう。でも話しかけても返事がないただのしかばねがあったとして、とりあえずそれが生きてないってことはわかるよな」
レック「うん。そういう魔物じゃなければな」
ソロ「それで、なんか漠然と自分が生きてるってこともわかるよな」
レック「うん。死んだ自覚がない幽霊は除いてな」
ソロ「補足をありがとう。それってさ、おかしいと思わないか?“生きてる”ってのが何なのかズバッと言ってのけることはできないのに、その状態なのかどうかは調べれば簡単にわかる」
レック「え?おかしいかなあ。そうでもないと思うけど」
ソロ「なぜ?生きてるって状態のはっきりした定義はあるのか?」
レック「うー・・・ん。心臓が動いてて、呼吸をしてて・・・って言いたいとこだけど例外多すぎるもんな」
ソロ「そうだろう。甚だしい時はもう遺体すら残ってないのに、まだ生きてるっていう状態を継続することが許されることもある。知的生命体に限るけどな。これはどう考えてもおかしいだろ」
レック「いや、それはちょっと例外っぽいっていうか・・・でもまあそういう時もあるなあ」
ソロ「こんなにも定義がはっきりしない曖昧なものなのに、自我と意識のある生命には“自分は生きている”という自覚がある。いや、自我も意識もないものでもその自覚だけはあると言っていいかもな。さて、それはなぜでしょうか?」
レック「えー・・・生きてるから、というか・・・そういうもんだから。てかそもそも、生きてるって自覚がないと何も始まらないじゃないか」
ソロ「そう、それが“概念”だ。少しでも知能を持つなら例外なく、生きとし生けるもの全てが、誰に教えられるともなく自然と理解するもの。どの宇宙にも必ず存在するもの。それを忘れるのが許されるのは命が尽きる時だけだ」
ソロが軽く右手を払うと、空中に留まっていた本は崩れて消えた。
ソロ「文章や会話で使う、概念って単語とは意味が違うんだ。物質やエネルギーの遥か上に位置する存在。またそれらが物質化・エネルギー化することは可能だ」
レック「・・へえ・・・とりあえずなんか凄いものなんだな。格が違うってことか」
ソロ「まあそんな認識でいい。だから隔離されているからといって害がないわけでは決してない。そして、一度生まれてしまうと削除することはできても、その記録を消すことは絶対に出来なくなる。さらにその影響はこの宇宙のすべての時間、あらゆる場所、次元に無条件で及ぼされる」
・・・ん?・・・てことは・・・
ソロ「レック。お前には心があるだろう。その中には負の感情がある。悲しみ、憎しみ、妬み、絶望、諦観、怒り、そして狂気。誰だろうと多かれ少なかれ絶対に持っているものだ。誰に教えられることもなく自然と身に付けていくもの。
・・・お前たち知的生命体がそういった負の感情を持っているのは、ソロという名前のたった一人のニンゲンのおかげだったというわけだ」
・・意味、わかるか?
無表情のまま少し首を傾け、オレを見つめる。
・・・オレはその時初めて、その“概念”という存在の大きさ、途方もなさ、そして恐ろしさを実感した。
レック「そ・・・んな、馬鹿な。・・・そんな・・・!」
ソロ「ああ、もちろんあいつが生まれるより以前の人々にも負の感情はあったし、まず理性というものがありさえすれば、同時にそれは生まれてくる。人間が神に創られたその時からな。ぱっと聞くと違和感があるが俺は言ったぞ。“この宇宙のすべての時間に”影響を及ぼすとな」
レック「・・“概念”ってのは・・生まれたその瞬間に宇宙の時間軸に否応なく干渉し、それまでの時間の流れや過去、歴史、未来までをも捻じ曲げちまうってことだよな」
ソロ「そうだ。だからとても危険なんだ。そして今までそういう現象が幾度となく起こり、幾度となく宇宙が改変され再編され、それを繰り返して今の宇宙になっている。・・もしソロが生まれなかったら、この宇宙に存在する生命には負の感情などなかった、そういうことだ」
レック「・・・・・わかった。そういうものなんだな。でもそれなら、生まれてしまったなら消しても意味がないんじゃないのか?」
ソロ「それ以上肥大化して、より大きな影響を及ぼすことを防ぐ意味合いになる。つまり成長を止めるわけだ。だから比較的変化が小さく済んでる」
レック「・・・・・・・。・・・それでもお前には・・・ないのか」