ドラクエ:disorder 歪みゆく英雄譚の交錯 第40話
そのメカニズムは依然として判明していませんが、物理法則の異なる宇宙からの存在なので、この宇宙の物質の特性が何らかの要因でかき消されるのではないかと仮定されています。
生成当初のクリア本数は9本、全長は15mで、飛び抜けた自我の完成度から理性で本能を抑制しており、危険が認められなかったためレベル3に属していました(本来エヴィギラヴィットはレベル4に属するものであると仮定されていました)。
性格はとても大人しく、どこか気の弱いところがあります。また常に生命体に関与する実験には消極的であり、命令には忠実に従うものの、時折「命を奪うことが辛い」とカウンセラーに零します。またそういった行為でない命令や要求には進んで協力します(行き詰まった研究に対して、解明のため自ら身体の一部を差し出すほどです)。このように自分自身についてはかなり我慢強く自己犠牲的です。
身体的・精神的ともに拷問に近い実験を数多く受けてきましたが、これまで一度もそれについて弱音を吐いたことはありません。
15以上の言語を正確に操り、コミュニケーション能力もヒトの平均値を大きく上回っています。また我々と意思疎通ができないエヴィギラヴィットや他のオブジェクトの思考・意思を読み取り、言語に変換する通訳の役目も果たします。
研究員や職員からは親しみを込めて「ワン」と呼ばれます。ですので他の人が数字やコードを声に出して読む時、呼ばれたのだと勘違いして返事をすることもしばしばありました(ケプラーの予想を7分で証明してしまった聡明さにも関わらず)。
また大の世話好きでもあり、施設内を自由に徘徊させているレベル1の安全なオブジェクトたちに対しては特に親切に接し、研究員についていっていつものように迷子になるシャルル(幼い少年のような姿をした半透明のオブジェクト)をレベル1のフロアまで連れ戻すのが日課になっていました。
以下、22■1年~22■2年までの目立った行動や功績の記録です
’■1 ・誕生直後、自我の発生。同時に英語を取得。誕生20分後には正常な会話が可能となるほどの知性を見せる。
’■1 ・その後フランス語、イタリア語、ラテン語、ロシア語その他7つの言語を合計2時間強で体得。世界トップレベルの大学の最難関文系問題集を渡すと49分後に満点回答を差し出した。
’■1 ・日々の“処分作業”の影響か突発的な欝状態となる。1ヶ月間一言も言葉を発さなかった。
’■1 ・深層心理テストを受験。周囲への攻撃性が皆無であると判明、レベル3へ収容される。
’■2 ・“緊急実験”の最中、自我の希薄化に伴い本能である攻撃性が暴走し、研究員4名、一般職員15名、レベル1~2のオブジェクト数十体を殺害。手術により身体の合計5箇所に爆破装置を埋め込まれ、レベル5に格納される。
’■2 ・自我が完全に回復。またクリアの覚醒により超速度演算が可能となる。エルデス予想、双子素数問題、ヤンミルズ方程式、アモルファス個体、常温核融合など、数学や物理学における未解明の問題たちを数十分で難なく証明してみせた。
以上
誕生から2年後、「ワン」は“緊急実験”の際ある事例をきっかけに本能が暴走し、覚醒。クリア総本数は1604本、全長は実に20kmにまで及び、加えて最新のスーパーコンピュータを凌駕する超速度記憶・演算能力を持つ前代未聞のオブジェクトとなりました。
また生まれながらに持つ温厚で大人しい性格は変わらないものの、生命体に危害を加えることへの過剰な恐怖と嫌悪が薄れ始めた(本人に自覚はありませんでしたが)とわかったため、最も危険度が高く難解であるレベル5に属することとなったのです。
一連の出来事により「ワン」は自分自身にすっかり怯えて塞ぎ込み、以前のように他人と他愛のない会話をしたり笑顔を見せたりすることはほとんどなくなりました。実験に呼び出されない限り、格納庫の中でまるで何かから逃げるように眠り続けるようになりました。
そうかと思えば、何日も眠らず横たわったまま泣き続けていることもありました。
その状態になってからはもはやどんなカウンセリングも意味を成さず、どんな質問にも自虐的で半分自暴自棄になったような返答しかしなくなりました。
信じられないことに、心配した他の生命オブジェクトたちが訪れると、誰のことももう覚えていないと言って突き放しました。
私はというと、それがあえて冷たく接し遠ざけることで、その子達を自分という危険から守ろうとしたからこその言動だと知っていたので、毎日彼が眠るまでずっとそばにいることに決めました。眠れない時は、彼のすすり泣きを歌で誤魔化しながら頭を撫でているようにしました。
せめて担当である責務を果たそうと思っただけではなく、個人的な憐れみもやはりあったのですが。
それからさらに1年経った今でも、彼の状態は変わっていません。
―――西暦22■3年 ■■/■ 以下、音声会話記録です。
アクセスレベル4 データロック済み
V.E.スワードソン博士: おはよう。どうだい、少しは良くなったかね
object no.001: ・・・・・(音声は確認されていません)
博士: 今日も今日とてrubberyたちが来ているぞ。たまには一緒に遊んでやったらどうだ
001: ・・・・・・どうか戻るように促してください
博士: ・・・・。シャルルも寂しがっているよ。実は彼は今まで、君とおしゃべりがしたくてわざと迷子になっていたんだよ。まあ知ってたとは思うが
001: ・・・・・・・・(音声は確認されていません)
博士: 誰も君を怖がってなどいないさ。君に罪がないことはみんなわかってる
001: ・・・・彼らにはもう会うことは出来ないと伝えてください
博士: きっと一層寂しがるよ。みんなでここに来るかも知れない
001: では、私はもう死んだのだと伝えてください。彼らが信じる信じないは別として。・・他の方法でも構いません。とにかく会うのは無理だと言ってください。お願いします
博士: ・・私にはそれが君のためになるとは思えないんだがね。・・(少しの沈黙)・・・・まあ、急かすのもよろしくないだろう。ところで、これを見て欲しい。覚えているね?
001: ・・・・・はい、ミスター
博士: 今の君ならどちらを選ぶかね。意見を聞かせて欲しい
001: ・・・右の正三角形です
博士: そうか。理由は?
001: ・・・正確な円などこの世には存在しないからです。いえ、存在してはならないのです。許されないのです。・・(咳き込むような音声)・・三角形の方が遥かに、私に優しいのです
博士: なるほど・・・。君は君に対して優しい世界を望んでいるのかね
001: いいえ、ミスター。それは私が望み、決めるものでは到底ありません。ただ私がこの世界に認められていないし望まれてもいない、それだけのことなのです
―――西暦22■3年 ■■/■ 以下、非公式の音声会話記録です。
アクセスレベル5 データフリー セキュリティロック推奨
A.ベルティーニ博士: 点滴を外すわよ。・・・今夜は眠れそう?