ドラクエ:Ruineme Inquitach プロローグ
そればかりか、今度は何?
挙句頭に人工知能を入れて完全制御するですって?
ふざけてるわ。あの子は機械じゃない・・・人間の心を持った独立した生命体なのよ。
ここの研究に従事してる私が今さら言うのもおかしく感じるかも知れないわね。
でもこんなことが許されていいはずがない。
彼らがあの子を完全に支配して、何をさせようとしているかは目に見えてる。
どうにかして阻止しないと。
もしこのプロジェクトが実施されたら、あの子はまさに連中が期待する通りのモンスターになってしまう。
心を持たない化学兵器にされてしまう。
そんなこと絶対に許さない。
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アレッサは、手術システムを起動しながら唇を噛み締めていた。
・・後悔。失望。無力感。それらが混ざり合い、どろどろと濁った言いようのない痛みとなり彼女の胸を穿つ。
結局一人の力というものは所詮、集団には決して及びはしないのだ。
何をしても無駄だった。何もかも意味を成さなかった。
そうして幾度となく絶望し諦めを享受した結果、自分は今ここに立っているのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
まさか、自分が執り行うことになろうとは。
アレッサにとってそれは最大の屈辱であり、何より悲しみだった。
しかし現状、このプロジェクトが最後の切り札であることは事実。
この生命の犠牲を以てしか自分たちが生き永らえる方法はない。
これは運命だったのだ。
1年前にプロジェクトの会議を終えた時は、こんなことになるだなんて夢にも思っていなかった。
こみ上げてくる負の感情を押し殺し、なるべく優しく普段通りの声を装い、手術ユニットの中央に横たわる“彼”に言葉をかける。
「もうだいぶ痛みを遮断することには慣れたでしょうけど・・辛かったらすぐに言うのよ」
するとシェルター越しに長い睫毛が瞬き、小さく控えめな青年の声が返ってきた。
「・・・はい。ありがとうございます」
「・・・。・・じゃあ、始めるわ。なるべく楽にしていて」
・・・モニターに手を伸ばし、・・・少し躊躇する。手が震えるのだ。
申し訳なさと悔しさで涙が出そうになる。それを“彼”にも周りの職員にも決して悟られぬよう、喉の奥で飲み込んだ。
そして覚悟を決め、モニターに触れようとしたその時。
・・・“彼”の柔らかな視線が、自分に注がれていることに気が付いた。
はっとして、手を止める。
「・・・・・どうしたの?」
“彼”は答えない。ただじっとアレッサを見つめていた。
やがてアレッサは気付く。・・・その瞳の淵から、透明な雫が流れ落ちていることに。
(・・・・・・・・・・・え?)
そして形の良い唇がそっと動く。
消え入りそうな呟きが彼女の耳に届いた。
「・・・・・・・さようなら・・・・・」
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2nd stage The Lebensborn
―西暦2■27年 9月 エリアN19
“アルカディア” 保護居住領域にて
「・・・お父さん、お帰りなさい」
「ああ。ただいま」
時刻は午前1時を回っている。しかし玄関の開く気配を感じ、少女は机から離れて父親のもとへ向かった。
「ご飯できてるよ。私はもう食べちゃったし、お風呂も済ませちゃった」
父が床に置いた荷物を手に持ち笑顔を向ける。まだあどけなさの残る少女は寝間着姿でぱたぱたと廊下を往復し、脱いだ白衣を畳む父にカプセルケースを差し出した。
「はい、お薬。今日もお疲れ様」
「・・ありがとう」
父は微笑んでケースを受け取る。そして白い錠剤を二つ取り出し、その場で飲み込んだ。
「今日は学校はどうだったんだ。何か楽しいことはあった?」
「この間のテストが返ってきたよ。フランス語と倫理政経は満点で先生に褒められたの」
「そうか、偉いじゃないか。いつも頑張って勉強してるもんな」
温め直された食事と、中学校のものとは思えない複雑で専門的な教材。
それらが乗った机を挟んで、父娘は会話を交わしていた。
「えへへ。・・でもね、応用数学は前回より点が下がっちゃった。物理もあんまりよくなかった」
目の前に並べられた教材端末を眺めながら、少女はため息をつく。
「ケアレスミスは減ったはずなんだけど、全然わからない問題も2つくらいあって。ちょっとがっかりしちゃったな」
「はは・・・仕方ないよ。この間の数学の最後の問題なんて、お父さんだって解けなかったからなあ」
笑顔を浮かべてはいるものの、父の表情はどことなく曇っていた。
時計に目をやると、もう2時が近い。明日も朝早くから授業があるというのに、13歳の娘は問題集が所狭しと広げられた机から離れる気配がない。
・・自分は二週間に一度しか帰ることができず、帰れる日も家に着くのは日付けが変わってからなのが常だ。
母のいない家で娘は生活の全てをほぼ一人でこなし、その上この界隈ではトップクラスの進学校で休む暇もなく勉学に励んでいる。
同年代の友人と遊びに出かけるなどという暇もあるはずがなく、学校以外でのやりとりは全てインターネットを用いているのだという。
この年頃の少女が、そのような生活に心から満足しているとは思えない。寂しくないはずがない。
だが娘はそんな生活を強いる父に対して、ただの少しも不満を零すことなく、それどころかまるで家政婦のように身の回りの世話をするのだ。年相応の愛らしい笑顔を絶やすこともなく。
・・父はそんな娘に確かな愛情と感謝を持ちながらも、それ以上の負い目を感じていた。
口に運ぼうとしていたスプーンにふと目をやる。
・・このスープも、下手をすれば一般的な大学よりも多い課題をこなしつつ、その合間を縫って娘が作ってくれたものだ。
・・・・・私は、果たしてこの子の父親である資格を持っているのだろうか。
「・・エミリ。もう遅いからそろそろ寝たらどうだ。明日学校に遅れるぞ」
「大丈夫だよ。私遅刻したこと一度もないの。目覚ましなんかなくてもちゃんと起きられるよ」
「でも、きちんと寝ないと体に悪い。最近はいつもこんな時間まで勉強してるのか?」
「んー、テスト期間だから・・・来週が提出期限のレポートもいくつか出てるし」
父はスープを口に入れることなく、右手を下ろした。
「・・・今解いている問題が終わったら、もう休みなさい。明日の朝ごはんはお父さんが作るから。7時までは寝ているようにな」
娘は手を止め、目をぱちぱちと瞬かせながら父の顔を見た。
「え?・・いいよ、無理しないで。お父さん明日も早くから忙しいんでしょう?」
「いいや。お父さんより、エミリの方が無理をしているよ。勉強はもういいからしっかり身体を休めなさい」
「どうしたの、突然・・・。私は平気だよ。それに次のテストの結果で新学期の進級クラスが決まるの・・・ちょっと眠いからって手を抜くわけにいかない」