ドラクエ:Ruineme Inquitach プロローグ
(・・・死ぬことで神に赦されるというのなら、初めから生まれてこなければいいのよ。私達は生まれた時点で神に疎まれているのだから)
ふとこの世界の行く末を考えてそんな思考が生まれるたび、アレッサは頭を振ってそれを打ち消すのだった。
ここアルカディアは、実質的にこの世界の脳と言える最重要機関だ。
中身のない能書きばかりを垂れて、裏ではマフィアまがいの仕事をするような碌でもない政府など当てにならない。
それを理解している軍は既にお飾りの政府に見切りをつけ、この大規模異常災害の解決策を生み出すことをアルカディアに命じ、代わりに研究に関与するあらゆる人員の安全を確保すると約束した。
そのおかげで自分は特別危険に晒されることもなく、これまで通りの日々を送っている。
だが正義感の強いアレッサにはそれがさらなる悩みの種となっていた。
(これでよくも平等だの、偏差の撲滅だのしゃあしゃあと言えたものね。・・・でもそのシステムに守られている私が何を言っても説得力がない。それに私が何かしたところで、この状況が変わるわけもない・・・)
自分の無力さを知った。世界の愚かさを実感した。いつしかアレッサは心のどこかで望むようになっていた。
「・・・この世界の滅亡を、か?」
「!!!」
突如、背後から聞き覚えのある声が投げかけられた。・・誰もいないはずの空間から。
アレッサは振り返り、そして絶句する。
その手から電子端末が滑り落ち、無音の空間に硬い音を響かせた。
(・・・・・・・・・どういうこと・・・・・・・・)
身体が足元から冷たくなり、硬直する。・・・しかしアレッサはなんとか混乱を抑え、端末を拾い上げて恐る恐る口を開いた。
「・・・何をしているの。どうやってここまで来たの?隔壁は閉まってるはずよ」
・・・・・相手は、答えない。
沈黙がアレッサの鼓動を忙しなくしていく。額に冷たい汗が滲んだ。
・・尋常ではない空気に耐えかね、アレッサは再び口を開いた。
「・・・・格納装置に戻りなさい、ワン。誰の命令か知らないけれど、勝手に出歩くことは許されていないはずよ」
しかし、返答はない。・・・・自力では動けないはずの“それ”は無言のまま、ゆっくりとアレッサに向かい歩を進める。
その瞳は薄暗い照明のせいか、赤みを帯びた紫色に光っている。
アレッサは息を呑み、後ずさった。
「・・・ワン、聞こえなかったの?格納庫に戻りなさい!」
ついにアレッサは、白衣の中から銃を取り出し“それ”に向けた。
無論発砲する気はないが、咄嗟にとったその行動は彼女自身の心を動揺させることとなった。
(・・どうして・・・一体何が起こっているの。なんで私は・・・あの子に銃を・・・)
・・・・・その時、“それ”の唇が僅かに吊り上がった。
・・左の端だけが。
「・・・・・・っ」
背筋が凍りつくように冷たくなる。そしてその冷たさは彼女に気付かせた。
(・・・何かがおかしい。気が動転していて気付かなかったけど、エヴィギラヴィットの髪が伸びることは絶対にないはず。それに・・・)
・・・・少しずつ、冷静さが戻ってくる。
彼女に結論を与えたのは、記憶の中にある儚げな笑顔だった。
(・・・・あの子は、あんなに冷たい目で笑ったりしない)
銃を持つ手に力が入る。
「・・・・。・・・・・・貴方は誰?・・ワンじゃないなら、一体誰だというの。貴方は何なの・・・?」
直後、強く握っていたはずの銃の重みが消えた。
・・特殊金属で出来ているはずのそれは、突如鈍く発光し・・・光の粒となって空気に溶けていく。
「・・・なっ・・・・・・!」
アレッサは人生で初めて、自分の目を本気で疑った。
そのあまりに非現実的な光景は、彼女を混乱させ押し黙らせるには十分だった。
(・・何なの、これ。・・私・・・夢を見ているの・・・・?)
「残念ながらこれは夢ではない。紛れもない現実だ」
アレッサは弾かれたように顔を上げた。そして“それ”を凝視する。
「・・・・だったら何なの・・・?貴方は一体・・・!」
「預けていたものを受け取りに来た。・・随分迷惑を掛けてしまったようだな」
その言葉を聞いた瞬間、アレッサの記憶の断片が目を覚ます。・・・預けていたもの?
・・・・・・・まさか。
「聡明な君ならもう解るだろう。そうか・・・ワンと言うのか。それなりに楽しくやってたみたいだな。実験道具として」
「あ・・・貴方・・・・まさか、・・・オリジナル・・・・・」
ありえない。こんなことあるはずがない。やはりこれは夢なのだ、こんなことが現実に起こり得るはずがない!
「・・ありえないわ。私はそんなの信じない・・・これは夢よ。夢なのよ」
「君らしくもないな。考えることを拒否して頭ごなしに否定するだなんて。まあいい、伝えたいことがあるんだ」
目の前に佇む存在を現実として受け入れることができないでいるアレッサに、“それ”は語りかける。
・・・・・・アレッサの目が、ゆっくりと見開かれた。
「・・・・嘘。嘘よ・・・・・そんな・・・・・・」
「何故だ?心の底ではずっとそう思っていた。薄々は気付いていたんだろう?」
アレッサはもはや、これが夢なのかそうでないのか考えることを放棄していた。
どちらでも構わない。少なくともこれで、自分の本心を知ることができたのだから。
「・・・どうして、私に?・・・貴方は私達に、・・この世界に復讐をしに来たのではないの・・・?」
「まさか。何で俺がそんなことをしなくちゃならない。全くの逆だ」
“それ”は微笑み、困惑するアレッサに手を差し出した。
「俺達はこの世界を救いに来たのさ。この有様を見かねた神様達に頼まれてな」
差し出された手の上に光の粒が集まり、結合していく。
光が薄れるとそこには、消えたはずの銃が浮かんでいた。
「・・・・・・「達」?・・・貴方だけではないの?」
「ああ。・・そうだな、近々紹介するよ。ただし言葉は通じないがな」
空中に留まったまま移動し、銃はアレッサの手の中に収まった。
「・・貴方のいた宇宙での、「人間」に相当する存在ということ?」
「そうだ。もう既に予想し終えているはずだが、まだ実在は確認されていないんだろう?」
「っ・・・」
「とは言っても、大事な仲間を君らの研究対象にさせる気はないがな。まあいい、これで大体の状況は掴めた。近いうちにまたワンの様子を見に来るとしよう」
そして、“それ”は光に包まれゆっくりと消えていった。
直前にアレッサに向かい軽く頭を下げてから。
「じゃあな。俺の存在が信じられないなら、この世界に起こる変化を予測してみるといい。君達もまた、選ばれた存在なんだ」
・・・・・アレッサは何も言わずに立ち尽くしていた。
不思議とこの時彼女には、今起こった事を現実として認める覚悟ができていた。
(・・・・・・選ばれた、存在?・・・・・・私達が・・・・・?)
その言葉の真意が分かろうはずもないが、先程とは打って変わって夢とは思えない妙な現実感と、その言葉に対する重い使命感のようなものが彼女の胸に湧き上がってきたのだ。