ドラクエ:Ruineme Inquitach 記録001
・・・・・・それが終わると、ゆっくりと目を開け・・・写真の中で楽しそうに笑う娘に語りかけた。
「・・・・許してくれ。許してくれ、エミリ。・・・・お前だけは・・・・どうか・・・幸せになってくれ・・・・」
――トリガーに添えた指に力を入れた瞬間。
「申し訳ないがそれをさせるわけにはいかない。誰も望んではいないことだ」
突如自身の真横から男の声が聞こえ、父は息を飲んで銃を取り落とし、素早く後ずさった。
そして声の主の姿を認識するや、銃を拾おうとするが――それが既に相手の手に渡っている様を見て、顔を上げる。
その表情は驚愕と困惑で塗りつぶされていた。
「ほら見ろ。お前の本心はそこにある。人は誰しも本能的に、生きようとするものだ」
小さく笑みを浮かべて銃をデスクに置くその人物には、見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころか――・・・
「・・なぜ、・・なぜ君がここにいるんだ。一体どうやってここまで・・・」
「やっぱりな。・・いいか、俺をよく見ろ博士。双子って知ってるか?それともこうだ、俺に良く似た奴がこの施設にいるだろう。ワンだかウノだか。今はとにかく殺戮しか能のない最高にハイで、シックで、ジョークみたいな野郎だ」
「・・・・・・・・・」
状況が理解できず目を大きく見開いたままでいる父に、男は笑いながら語りかけた。
依然として混乱の絶頂に投げ込まれた博士の意識は、それでも異変を感じ取っていた。
そして表情筋を一切動かさないまま、か細い声で呟く。
「・・・・・・君は・・・そんな喋り方をする人だったかい」
「そうとも、それでいい。十分だ、どうも。・・手っ取り早く用件を伝えるとしようか」
デスクの前の椅子に座り、足を組む。
「まずは俺が何者かだ、名誉教授様。当ててみろ。見事正解したら――そうだな・・・あんたの娘にかぼちゃとクランベリーのマフィンを届けてやるよ。好物だろ?」
・・・呆気にとられた父は、しかしその聡明な頭脳でもってそれ以上の思案を止めることにした。
それよりも目の前の人物の質問に答えることが重要だと。
「・・・・・・・・・・・・・・」
・・・少しの間悩み、出てきた答えは当然といえば当然のものだった。
「・・・・。君はおそらく、私が長らく待ち望んでいたものか――もしくは私自身の精神が作り出した幻影だな。何か突拍子もないことによって、私はこの現状を変えたいと心のどこかで願っているに違いない」
「そうだな。それ自体は正しい。ただあんたの娘に贈られるのは野菜のピクルスに変更だ」
男は頬杖をついて笑みを深くした。
「そう、か。それじゃあ私にはわかりそうもないよ。マフィンは今度私が作るとして、答えを教えてくれないかい」
少し自虐的な微笑みを浮かべ、父は眼鏡をかけ直した。内心、これからまだ生きるのだとすれば、毎日飲む薬を別のものに変える必要があると考えながら。
「あくまでも疑って掛かる気なら、俺はあえてその答えを与えない。ただしヒントをやろう。
今起きているこの現象は決して、あんたの頭の中だけで繰り広げられているものじゃない。紛れもない現実だ。しかしまあ俺の存在自体が幻覚だと思ってるようだから何を言っても無駄かも知れないな」
そう言うと男は椅子から立ち上がり、腰に手を当てる。
「無理に信じろとは言わない。だがすぐにわかる時が来る。心理統計学は学生時代の得意分野だったようだな・・・あんたほどの博識なら、少なくとも彼女に会えばそれだけで全てを理解するだろう」
「そうかな。・・彼女とは、誰のことだい」
男は答えず、相変わらず疲れた笑みを貼り付けた心理学者の目をまっすぐに見つめた。
・・・その時博士の脳内に、電撃に似た衝撃が走る。
背筋が凍りつくような、それでいて胸の中が燃えたぎるような感覚。
心臓が何か警告を訴えるように、忙しなく動き始める。
父の顔から、微笑みが消えた。
「・・・・・・・君は、一体。・・・・・今私に何をした・・・・?」
「さあ。特に何もしてないが。・・・だがもしも今、俺の目を見て何か感じたのならそれが答えだよ、カズモト教授」
一転して緊張を漲らせ、強ばった表情で銅像のように硬直する博士をよそに、男は再び笑んだ。
「その様子じゃしばらくはピクルスもお預けだな。君らはすぐにはこの事態の真相を理解できないだろうが、少なくとも俺自身のことについては包み隠さず教えてやる。まもなくな」
・・・・そして博士が思考の末、本当に突拍子もない非常識な答えに辿りついた時には、目の前にいたはずの男は忽然と消えていた。
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―西暦2■27年 12月 エリアN20
“アルカディア” 総合評議室にて
「・・・おーい。こら、そろそろ起きろ。・・・おい、ミック。起きろって」
「・・・・・・んん?」
机に突っ伏していた男は、執拗に―それもかなりの強さで肩を叩かれることに耐えかね、眠たそうに目を細めながら頭をもたげた。
ぼやけた視界にはのっぺらぼうの男の顔が写る。だが、自分の名前を呼ぶ声が聞き慣れた同僚のものであることは、目を開ける前から理解していた。
「おはようさん。よくもまあこの騒がしい中で眠りこけてたもんだ。ほらよ」
目の前に手が差し出される。そこには不吉な黒い色をした細長いパッケージがある。眠気覚ましにいつも噛んでいるやつだ。
「・・おう」
眉を上げ、気が利く同僚に感謝の意を傾けつつパッケージから小さな板状のガムを引き抜いた。
「・・何だ、ちょっと休憩してるうちに随分集まったな。所長様はいずこに?」
「あの辺に」
指で指し示された辺りを見ると、広い部屋の出入口付近に、唯一白衣を着ていない黒人の男と話す一等研究室長の姿があった。
「ワオ、ありゃ軍のお偉いさんじゃないか。ヴィンスの奴何考えてんだ?そんなに重症なのかアリーは」
「ああ、それはだな。お前がムニャムニャ居眠りしてる間に大変なことがあったのさ」
「やっと起きたのね。それで、私に何か用かしら」
背後からの声に振り向くと、腕組みをした女性研究員がこちらに歩いてきていた。この騒動を引き起こした張本人であり、今回の緊急会議の重要参考人でもある。
「・・いいや。無性に君のメープルシロップ色の髪を愛でたくなってね――オーライ悪かった、そんな顔するな。せっかくの美人が台無しだぜお嬢さん」
「やあベルティーニ博士、久しぶりだな。僕のこと覚えてる?」
「勿論よ、ランドルフ・クロウ博士。その節はお世話になったわね」
笑顔で握手を交わす二人の横で、ミック―ミカエル・べクスター博士は注意深く周囲の様子を伺っていた。
どうもおかしい。手首につけた端末で時刻を確認するが、こんな非常識な時間にこれだけの数の研究員―しかも全員が最高のライセンスレベルを持っている―が真面目な顔をして集まり、さも本当の緊急事態であるかのような様子で話し込んでいる。