ドラクエ:Ruineme Inquitach 記録001
さらにはここの所長と軍部の最高責任者が、ノーメマイヤーの携帯用タブレットを挟んで何やらご大層な―よく聞こえないが何か深刻そうな顔で相談をしているのだ。
一体こりゃなんの冗談だ?
「・・・なあランディ。今日はこれから首を切る職員を決める会議でもあるのか」
「そっちの方が数百倍マシだぜ兄弟。あそこを見てみろ」
言われるままその方向に目をやると、大テーブルの最も奥・・・所長が座る議長席の目の前に、何か小型の装置―しかも派手に壊れた―が乗っている。強化アクリルのサンプルケースに入っており、薄汚れたそれがただの壊れた機械の端くれではないことを物語っていた。
「・・何だいありゃ」
「気付かないか?・・あれはな、2ヶ月前ワンの脳に埋め込まれたはずの人工知能と同じものだ。特別格納庫のデータプリンタに搭載してあったやつだぜ」
・・・・・・!!
「・・・わかっていただけたかしら、ミック。もはや私の話を信じるとか信じないとか、そんな次元の話じゃないところまで事が進んでるの。・・じき、カズモト医師からも話があるはずよ」
・・べクスター博士はガムを噛むどころか呼吸をすることさえ忘れ、気付けば小声で四文字言葉を呟いていた。
「おいおい・・・マジで笑えねえジョークだぜ。・・・・・疑って悪かった、アリー。謝るから、俺がおねんねしてた間の出来事を説明してくれないか」
「それも今から彼が話してくれる。心して聞くのよ」
・・・・・数分後、所長から声がかかり、その場にいる全ての職員が席に着き口を閉じた。
第二等研究室長と臨床心理学科長、そして研究所の総取締役である所長の三人を除いて。
「・・それでは始めようか。おはよう、レベル5ライセンスの諸君。
・・・もうわかってるとは思うが、今日こんな時間に突然君らを呼び出したのには重大な理由がある」
議長席に座らず立ったまま皆の顔を見渡しながら、所長―ヴィンセント・エリック・スワードソン博士は口を開いた。
「まずはここに発生した緊急事態が、時期外れのエイプリルフールやその他諸々の悪いジョークの類では決してないことを、認識してもらいたい。
万の言葉で解説するよりも、見た方が早い―諸君、私の目の前にある小さなプログラム端末の亡骸は、もう既に諸君の目にとまっていることと思う。そしてこれが一体何であるかも、もうおわかりだろう」
数人の研究員が所長の言葉通りテーブルに乗せられたそれに目をやるが、ほとんどは目線を動かす気配を見せない。おそらくここにいる全員が既に、必要以上なほどその小さな残骸を見て済んでいるためだろう。
「現時点でこの施設内外、もしくはこの世界のどこにも、こいつを私やその他数人の責任者の許可なくしてあの場所から持ち出すことは不可能だ。破壊するなどもってのほか・・・規則や決まりの上での意味合いだけでなく、ただ単純に、物理的にそして数学的に不可能だ。言うまでもない」
「・・・・・・・・・」
所長の言葉を半分上の空で聞きながら、べクスター博士は思案に暮れていた。
つまりこれは、何だ。何を意味しているのか。
まあとりあえず、あの“ワン”が絡んだとてつもなく厄介な事件だってことは確定したな。
・・・参ったな、こいつはどうも――俺はまだ寝てるんじゃないのか?これは夢で。
・・そんなことはないか。一体何がどうなってやがるんだ、クソ。
「――つまり、こうも言える。我々の考えを超えた何らかの現象が、我々の預かり知らぬところで確実に起きていると。・・これは由々しき事態であり、早急に対策を練らねばならない。
そして同時に我々管理局には、諸君に事の次第を話す義務がある。一体ここに何が・・・訪れようとしているのかを」
スワードソン博士が目で合図をすると、少し離れた場所に立っていた女性研究員が短くため息をつき、目線を上げた。そしてしかめっ面のまま、右足を一歩前へ出す。
「・・第二等研究室長、特殊生物科のアレッサンドラ・J・ベルティーニです。まず皆さんにお伝えしたいのは・・・私自身未だに自分と、今起きていることが信じられないということ。
同様にあなた達も今から私の話す非現実的な事柄が、決して簡単には信じられないでしょう。でも私達が信じようと信じまいと――この現実は変わらない。それだけ、理解しておいてください」
べクスター博士は無意識のうちに、柄にもなくひどく真面目な顔で彼女の話す様を見ていた。
・・緊急会議そのものは、実はこのアルカディアでは珍しいことではない。常日頃からあらゆる宇宙の異常な存在や、どうやっても説明ができないような超自然の存在と向き合い続け、それを専門とする団体なのだから。
ましてや今は世界中を恐怖に陥れている大規模異常災害と格闘している最中。
知らせもなく急に職員たちを集めることに驚きはしなかった―不満はあるが。だがレベル5のライセンスを持つ、つまりここの最高機密事項に自由にアクセスする権限を持つ職員を全て集め、さらに軍部の責任者まで呼び寄せるなど・・・。
「オブジェクトレベル5、ナンバー001―通称“ワン”。対象が現在進行中のプロジェクトにより、特別オペレーションシステムへ加入されたことは記憶に新しいと思います。
そして対象が、壷型宇宙からサンプルを採取して生成された特異生命体であることも、ご存知でしょう。
・・・細かくご覧になった方はお分かりかと思いますが、このAIプログラムは刃物のような何かでデータプリンタから切り離され、さらに両断されています。
しかしご存知の通りこれは純粋なカッティングフォビアで構成されており、この宇宙に存在する如何なるものを以てしても、このように直線に限りなく近い切り口を残して切断することなど出来ません」
ベルティーニ博士はケースから取り出した機械の残骸を手に取り、胸の前に掲げて説明した。
確かに、まるで切れ味のいいナイフで切ったリンゴのように滑らかな断面だ。
・・・・べクスター博士はこのとき既に、これから彼女が口にするであろう緊急事態を予測し終えていた。
「しかしたったひとつ、存在します。この金属を果物のように切断できてしまうものが。ただそれは、我々の宇宙には本来存在しない物質。
・・・ネイルダウナーのクリアです」
瞬間、評議室内にざわめきが広がる。べクスター博士はうんざりして顔を伏せ、予想が当たった不満をいつものように神のせいにした。
「博士、隔離プロトコルは適切だったのですか?担当責任者は貴女だと伺っております」
「それより報告が遅すぎるんじゃないかね。まずは我々を含めて機密事項を保護する権限を持つ人間を大急ぎで集めるべきだ、勿論防護シェルターの中にだ!」
おそらくべクスター博士と同じ結論に達したであろう職員たちが、雪崩れ込むように意見の主張―もとい自分達の生命保護を最優先として動かなかったことに対するクレームを、口々に垂れ流しはじめる。
しかしベルティーニ博士は慌てることなく、多少声の張りを強くして彼らを宥める作業に移った。