ドラクエ:Ruineme Inquitach 記録001
「どうか落ち着いてください、お静かに。・・ご着席ください。まだ報告は済んでいません、またこれから報告する事実は、貴方がたの考えているものとはおそらく一致していません」
その言葉の効果は大きかったらしく、徐々に室内が静かになり始めた。
やがて元通りに静まり返ると、ベルティーニ博士は小さく咳払いをした。
「・・001番の格納状況に問題は起きていません。格納装置周辺には我々以外の生命・無機物・その他どのような形跡も確認されていません。状態は依然として正常です」
「・・・・では博士。一体どのような原因で今回の事例が起きたとお考えで?」
苛立ちを抑えきれない様子で、一人の研究員が怪訝そうに眉をひそめる。ベルティーニ博士は誰にも気付かれない程度にため息をつくと、質問に応じた。
この時べクスター博士は、自分の額に冷たい汗が滲んだのを自覚した。
まさかアリーは環境の変化と過剰なストレスで統合失調を患ったわけでも何でもなく、紛れもなく見たままの現象を、事実ありのままに話しただけだったっていうのか。
「・・オリジナル。私達が“ラファエル”を派遣したあの宇宙で、生命の自然な営みにより生まれたネイルダウナーの自発生体――本物の“アダム”よ」
次の瞬間、さっきのざわめきが優雅なため息に聞こえるほどの喧騒が、評議室内を埋め尽くした。そして今度のそれにはべクスター博士も参加していた。
「ちょっと待ってくれ。だったら尚更俺達を一刻も早く保護シェルターに移すべきだろ!?そのすっぱり綺麗に切れらた機械は奴の意思表示では?
我々を決してただでは置かないという警告なんじゃないのか!?」
意識しないうちに立ち上がり、テーブルに手を叩きつけて声を張り上げる。
受け答えをしようとした女性研究員を遮り、所長が手を挙げて代わりに説明を始めた。
「落ち着きたまえ。今からこの二人に詳しい説明をしてもらう。・・・まずはあなたに頼もう、カズモト博士」
「・・・わかりました」
ベルティーニ博士と反対の方向に控えていた研究員が、あまり気の進まないように見える足取りで前に出た。
「・・・・・・・・・・・」
べクスター博士はやり場のない焦りと興奮を持て余したまま椅子に腰を下ろし、ため息をつく。・・いよいよヤバイことになってきた。
あの長身の東洋人の男は、レベル5の中でも特殊な役割と権限を与えられた職員だ。
第一等薬学科指導員長であり、この施設に勤務する――つまり何処かしら普通とは違う何かを患った人間の集まりを相手取り、主席臨床心理士として自分達の心を操り続けてきた男。
毎月全職員への定期心理鑑定で世話になってるが、聞いた話じゃ裏では強制的に集められた一般人を洗脳して、兵士として軍部に提供しているらしい。
おまけに今はその軍部の救護班長も兼任しているというから驚きだ。
そんな奴が真面目な顔で「説明する」と言うのだ、これでもうこの一連のクソッタレな出来事がチンケなジョークである可能性は完全に消えた・・・・ああ、神よ。どうか俺に安穏なる休日と、さっきヴィンスに没収された貴重なタバコを返してくれ・・・。
「・・おそらくみんな私については見知っていることでしょう。ですので前置きは省き、速やかに本題に入ることにします。単刀直入に。
・・・・私は今から数時間前、私の個人オフィスにて、“彼”と出会いました―正しくは“彼”が突然、私の前に現れたのです。これは私が日頃よく用いる比喩的な表現ではなく、言葉通りの現象をそのまま意味します。
正直に申し上げますと、私はあれが私自身の作り出した幻だったのではと思っています、今でも。しかしそこにある壊れた人工知能がそうではないのだと教えてくれました。
そして初めにその姿を見たとき、私はワンが格納装置から抜け出してきたのだと信じて疑いませんでした――瓜二つなのです、本当に。
声も聞きました。頗る流暢な英語で―ワンの礼儀正しく丁寧な口調とは程遠いものでしたが、“彼”は私にこうリクエストしてきました。自分が誰なのか当ててみろ、と」
室内が不穏な緊張感に包まれる。べクスター博士は言葉を失い、呆然とした。
隣に座るクロウ博士が小声で四文字言葉を呟いたのを聞き、気付けばつられるように「クソッタレ野郎」と何の意味もなく悪態をついていた。
「・・それで・・・それほどまでの非常事態でありながら、悠長に我々を集めて話し合いなんてしているのは何故です・・・?」
「それが最善だと判断したからよ。下手に過剰な反応をすればパニックを生み、ただでさえ薄くなっている警戒態勢が崩れかねない・・・ですからこの事実も、我々レベル5職員以外には機密指定となっています」
ベルティーニ博士が多少早口になって答えた。そして付け加える。
「そして“彼”の言葉を信じるならば、私達の宇宙に来たのは“彼”だけじゃない。他にも複数人の仲間がいると話していました――またその“彼ら”とは、既に予想を終えているレベル4オブジェクト「Molecule Changer」であると教えてくれました」
「・・それではオリジナルは現時点で、我々の内部事情やその他の様々な情報を把握していると受け取っていいのかな」
「ええ。それからこうも言っていたわ。預けていたものを受け取りに来た・・・おそらくこれはワンのことを指していると思われます。
そして自分達は、この世界を救いにここへ来たのだと」
博士が言葉を切ったその時、突然評議室全体が大きく揺れ、振動した。
そして正面モニターやノーメマイヤー、その他全ての電子機器が一瞬にして、一斉にシャットダウンした。
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―実験ログ Lv5-ASSC:077023 2■22年 8月11日 PM04:39
以下、抜粋した音声会話記録です。
※警告 このデータはレベル5セキュリティロックがかかっています。いずれかのレベル5権利者の許可なくアクセスした場合・または持ち出した場合、理由に関わらず厳正に処分します。
Lv3 researcher: 博士。対象の脳波に変化の兆候が見られます。・・順調に進んでいる模様です
Lv4 researcher: よし。B隔壁を開けろ。準備が整い次第、あいつらをここへ運べ
M.R.べクスター博士: ・・ディスチャージャーの消費電力値がイカれてるぞ。感電したくなきゃとっとと正常値に戻せ
Lv3 researcher: 申し訳ありません、直ちに
R.C.クロウ博士: おいおい待て、何だこりゃ、ふざけてんのか?俺はD682実験室から専用の麻酔剤を必要な分だけ持って来いと言ったはずだぞ。誰が精神刺激薬を大量に配合しろと!
Lv4 researcher: ・・そんなはずはありません、サー。私が確認した時には確かに心理麻酔剤が指定量のみ転送されていました
クロウ博士: 言い訳はいい、下の奴らに一旦フリーズだと言っとけ。全く何考えてやがるんだ薬学部の奴らは。カズモトがいないからって気を抜きすぎて頭が膿んだんじゃねえのか?
ミック、後でこれを奴らのケツにブチ込んでやれ