ドラクエ:Ruineme Inquitach 記録003
「誤魔化しちゃあいないさ、きっちり的を射た返答のはずだ。・・そうだな、手っ取り早くわかりやすく言おう」
ふっと体の向きを反転させ床に足がつく寸前で止まって浮遊すると、軽く両手を広げた。
するとその体の前に数種類の・・・おそらくこの宇宙には存在しないと思われる異様な物質が現れた。どれもあるはずのない色彩と質感、形状を持っている。
「なるべく早くこいつらを解析して、複製を作れ。俺がこの研究所の頭であるお前たちに頼みたいのはそれだけだ。
・・確かにこの宇宙では、俺はあらゆる物理法則を無視して好き放題することができる異常な存在だ。それは俺の仲間達にも言えることだが、その代わり俺達はこの宇宙では考えられないルールに縛られた存在でもある。
お前達が当然のように行うこと、あるいは造作もなく行えることが俺達にはどうしても出来ない、そういう場合があるわけだ」
「・・それが、それらのレプリカを作ることだってか?」
「ほんの一部に過ぎないがそうだ。そして俺や仲間達に限っては、壷型宇宙の中でも特に変わっていて且つ貴重な存在であるからして、その厄介なルールがさらに細かく複雑に、よりシビアになっている。
それは俺達が生まれた瞬間に世界共通の新しい概念として副産的に生み出されるものだ。
思考や行動、辿る運命までもが全て定められ、さながら操り人形のような存在となる」
空中に現れた物体が移動して、テーブルの上で静止した。
「どんな物質でも自由に作り出せるはずの俺がこれらを増やせないのもそのせいだ。
お前達からはどれだけ自由で半法則的に見えても、実際の自由度はお前達より遥かに低い。事実、言動などの差異によって生じる平行世界分岐の数と種類は、こことは比べ物にならないほど少ない。
・・例えばスワードソン博士。あんたが赤ん坊だった頃から現在に至るまでの時間の中で、出来るはずだった全ての事柄はいくつある?数え切れるはずがないよな。
あんたはこの世界では今こうしてこの場所で科学者をやってるが、もしもだ。
4歳の時にコンクールでアガッツァーリを完璧に弾けていなかったら?
10歳の時に数学オリンピックで金メダルを獲っていなかったら?
13歳の時に両親を同時に亡くしていなかったら?
18歳の時にアルカディアへの推薦を蹴っていたら?
今のあんたはない。
バイオリンの演奏者をしていたかも知れない。そこそこ名のある普通の大学で教授になってたかも知れない。・・老いた両親に手を焼きながらも、ずっと一緒に暮らしたかも知れない。そうだろう?」
「・・・・・。・・・・それが何だと言うのかい」
博士は一瞬だけ端末を操作する手を止め、素っ気なく返すとすぐに作業を再開した。
「てっきりもう根拠が示されてるとばかり。・・馬鹿政府は認めようとしないんだろうが、確かもう証明はされてるんだろう?」
「・・ああ、多元宇宙は既に立証済みだ。で、だからどうなんだ?」
背もたれに身を預けて相変わらずガムを噛みながら、ベクスター博士がだるそうに訊ねる。
「早い話、俺達にはそういうのがないんだよ。生まれた瞬間自動的に道がほぼ一つに決まる。それに反した思考や行動は出来ないように作られてんだ。
てなわけで、そういうルールがない宇宙に生きるあんたらに、俺達には出来ないことをしてもらいたい。そしてこの世界を救うため、手を貸してもらいたい」
ソーサーにカップが穏やかに置かれる音。
・・それまで黙って会話を聞いていたカズモト博士が口を開いた。
「・・なるほど。それではこうも受け取れますね。貴方がこうして我々に頼み事をするのもまた、あらかじめ決められた事柄である、と。そういうわけではないのですか?」
「・・いや、そこはなんとか上手く調節してるんだ。今のところ俺達の宇宙でこの法則を深く理解し自覚しているのは俺だけだから、違和感なく辻褄を合わせつつ、彼らを納得させてあげなければならないのもまた事実だがな」
「では同じように貴方が我々に印象操作や、深層心理への影響を我々が自覚できない形で植え付けようとしている可能性がありますよね。貴方らしくストレートに言うのならば、我々を言葉で操りいいように利用するということになります。
・・・それでも、まだ貴方は貴方に出来ないことがあるとあくまでも主張するつもりですか?」
「はぁ、そう来るか。さすがに鋭いな・・・うん。じゃあ百歩譲ってあんたの説が正しいとしよう。俺はまぁ言ってしまえば、俺に可能なあらゆる手段でもってあんたらを洗脳し、思い通りに動かすこともできる。自覚できない形でな。言葉でも音でも・・・何なら脳ミソを作り変えちまうことだって可能なわけだ。つまり彼が言う通り、この方法が俺達を縛るルールに抵触しないのであれば、もはや俺に出来ないことなど一切存在しないということになる。
言葉遊びのそこんとこはカズモトさん、あんたの勝ちだよ。お見事。
でもな、実は俺にはあんたらを洗脳することは“出来ない”んだ。“させてもらえない”んだよ。わかるか?
それどころか人間特有の事実を創造り出す力で、実際に俺がそうしようとしなかろうとあんた達が「自分達は洗脳されている」と思いさえすれば、それだけで俺はルール違反を犯したことになる。もしそうなれば俺は、存在が矛盾して消える」
「それで?俺ら自身が優位だと思い込ませることによってどうお前に利益が生じるって?」
「そう事を急くなよ、今から説明するから。これはとても回帰的なものだ。敢えて人数も言葉の定義も明らかにしないまま話を進めてるが、決して俺があんたらを騙したり、貶めたり、利用したりしようとしてる訳じゃないことをまず理解してもらいたい。それだけの話だよ。
・・・何の話だったっけ?」
「回帰的定義異常により生じる誤解と曲解の嵐を食い止めるにはどうするか、だよ」
手を動かしながら端末から目を離すことなく、少し笑ってスワードソン博士が言う。
「そうそう。本当それ。まあ仕方ないと言ってしまえばそれまでなんだが。人間は疑う生き物で・・・何より考える生き物だ。
何度も言うようだが俺達の目標はこの世界を破滅から救うことで、それにはあんた達の協力がいる。邪魔したり敵対したりせず、賢く冷静に付き合ってさえくれれば、お互い何も損をすることはない・・・俺はずっとそう訴え続けてるはずだ。どこら辺にそこまで突っかかる要素がある?」
「だーかーら、話を振り出しに戻すなって!つかそんなこと言って、突っかからない方が不自然だろうがよ!お前が逆の立場だったらどう思うよ!?」
「ミック、それじゃコイツの思う壺なんだって」
「わかってるそんなこと!だがこの際はっきりさせてくれ、お前は一体何なんだ!?
どうやって、どういう経緯で何のためにこの宇宙に来たんだよ!頼むから真面目に答えてくれ!!」
・・・・・・・・・・・・・・。
数秒間の沈黙の後、ソファで寝ている女性研究員が小さく呻いた。
そしてうっすらと目を開く。
ソロの姿が目に入った瞬間また息を呑んだが、今度は失神は免れた。体を起こし、座ったまま後ずさる。
「・・・お前が大声出すからだぞ。
・・俺は大真面目だ。今までふざけて話をしたことは一度たりともない。