ドラクエ:Ruineme Inquitach 記録003
俺達はこの世界を救うためにここへ来た、ただそれだけだ。救うというのはあらゆる危機からできるだけ遠ざけ保護するという意味であり、無論のこと破壊や強制的な支配を隠喩的に示唆するものではない。・・ここまで言い切っているのに何をそこまで疑う必要がある?
一体何を怖がっているんだ・・・?」
固まって微動だにしない女性研究員の肩に手を置き微笑みかけてから、カズモト博士は無表情で首を傾げるソロに柔らかな視線を送る。
「・・それがわからない貴方ではないはずですよ。我々に疑わせ、恐れを抱かせることによって貴方がたに・・・ひいては我々に利益が生じることを前提として話そうじゃありませんか。
・・これで私を個人的に救って頂いたご恩返しになるとは思いませんが、ほんの気持ちとして受け取って下さったのなら嬉しい限りです」
終始極めて穏やかな口調と声色だった。・・ソロの唇の左端がゆっくりと釣り上がる。
「そうだな。おかげで話がトントン拍子に進んだ。感謝するよ。
さて、ギリギリ洗脳に入らないくらいの“話術”でここまで引っ張ってきたわけだが、何か忘れてないか?
・・俺がどういう存在か、だったな。
ベクスター博士、あんたはもうちょっと大らかな気持ちでいることを普段から心がけた方がいい。頭の回転は頗る早いんだからフルに活かさないとな、もったいないぜ。
どんなに賢くても頭に血が昇っちゃあおしまいだ。60点」
「うるせー、余計なお世話だこの人型コンピュータめ・・・」
「あ・・・・・あ、あのぅ・・・・・・・・」
「ああ、これはだね。今ちょっとした楽しいなぞなぞ大会をやってるんだ。ついでに知能テストもしてもらってる」
状況が理解できず不安げに視線を揺らす女性研究員に、スワードソン博士が冗談っぽく笑いかける。
「あーあ、またやられた。お前のせいだぞミック。カズモト博士も・・・コイツをサポートしてどうするんだよもう~」
「ふふ、すみません。ミーム学については私もまだまだ勉強中ですので」
「よく言うぜ、絶対わざとだ。つうかできっこないだろ、コイツの本心を引き出すなんて無理だ。フレキシブル・コンピュータと会話してるような気がする。
・・いやそっちの方がまだ簡単か・・・。マインドウイルスみたいなもんだろ」
「何だ何だ、ひどい言い草じゃないか。宇宙一つを救おうってのに言うに事欠いてウイルスとは」
「じゃなくたってミーメティックハザードだ、俺達でなけりゃ即感染しちまう!」
「当たり前だろ。だからそれなりの理解力と思考力を持った人間としかコミニュケーションをとらないんだよ、俺は。頭の足りない連中を相手にするのは俺としても疲れるしな」
「・・・・・な・・・何の話をしているんですか・・・・?」
「あーお嬢ちゃん、君は耳を塞いでた方がいい。これは認識災害の一種だ」
訳がわからないといった様子で、彼女は律儀に両手で耳を塞いだ。その様子を見てベクスター博士は和やかに微笑む。
「まいいさ、話を戻そうや。言うなら俺というミームの存在意義とメタ的な立場に関することだな。
・・俺みたいな奴はな、一番いちゃいけないんだ。それこそクロウ博士が言った通り、存在自体がもう反則みたいなもんでな。
世界を外側から見ることができながら、その世界の内側に何食わぬ顔で存在できるもの・・・つまり、本来その世界にもたらされてはならない情報や力が紛れ込むわけだ。
当然ながら何らかのエラーが生じる。生まれるはずがないほど高度な文明や、生物達の異常な進化。俺はそれがわかってるから、自分の立場をわきまえた行動をしなくちゃならない。だからあんたらの知的好奇心を隅から隅まで満たしてやることは出来ない。申し訳ないがな」
「要は俺らが、何でも知ってるお前から高度すぎる情報や技術を教わることはルール違反だってことか」
「ああ。・・ま、どういうわけかこの宇宙はもう既にセーフラインを超えてるみたいだから、あんまり関係ないのかも知れんがな。だから今こういう話をしてる。ただそれでも完全にNGになるような知識の提供はしない、直接的にこの世界の破滅を招くことになるからだ」
「やっぱりもう既にアウトだったか、ハハ。まあそうだよな・・・もう半分ブッ壊れてるからな、この惑星は」
「そのブッ壊れてるのを科学の力にもの言わせて、無理やり持ちこたえてんだから尚更だ。
さて、しかしながら本当のところ、そういう世界は巨万とある。その中でここが救済の対象に選ばれたのは――単なる偶然だ。幸運だった、それだけだ。だが俺達がここへ派遣されてきたのは、あらかじめ決まっていたことだ。この世界を救えるかどうかで俺達の運命も決まる。お互いもう後がない。そういうゲームなのさ」
「・・・。君はよく「選ばれた」とか「派遣された」という言葉を使うが、それじゃあ君らや我々を選んだり、派遣したりするのは一体どういう存在なんだい?
・・やはり全てを創造した神・・・なのか?」
「うん、ただそれ以外の神も含まれてる。俺達をこの世界に送り込んで、破滅から救うようにルールを設けたのは破壊を司る神々だ。勝手気ままで、奔放で、どうしようもない奴らだよ。
けどそいつらを満足させさえすれば、俺達もこの世界も最悪の結末を迎えずに済むんだ」
「破壊神様ってわけか。それがまたどういう風の吹き回しでそんなことを?」
「だから、ゲームなんだよ。本人達は職務だと主張してるがただの娯楽さ。万物は奴らの駒に過ぎない、この俺でさえもな。神が定めた運命には抗えないんだ」
「ほぉ、知らなかったぜ。お前が宗教家だったとは」
眉をひそめ茶化すような口調で言うベクスター博士に、ソロは薄ら笑んでわざとらしくため息をつく。
「井の中の蛙大海を知らず。所詮は駒だしな」
「の野郎ぉ…」
「真に受けんじゃねーよ。でもそのうち否が応でもわかる時が来る。と言うか、現実を突きつけられる時が来る」
「…それは、今現在我々が持つ知識では太刀打ちできない類のものかい?」
スワードソン博士が訊ねると、ソロは軽く首を振って「分からない」というジェスチャーをした。
「さあ。まあ一つ助言をやるとすりゃあ――」
少し下に降りて床に降り立ち、唇を歪める。
「好奇心はシュールで理不尽だ。知らなくていいことまで無闇に知ろうとしたって、大抵はロクなことになりゃしねえ。俺がいい例だよ。
そんなのは、阿呆がやることだ」
「・・それじゃ、蛙どもは井戸から出られないまま寂しく狭い空を眺めてろってか」
するとソロは更に笑みを深め、目を細めた。
「そういうことだ。人間は馬鹿で、なのに賢過ぎる・・・それぐらいで丁度良いのさ。
・・さて、もうじき時間だな。彼女も戻って来る頃だ」
「どうだろうなぁ。なにせ実戦派遣だし、予定時刻通りに戻るなんて滅多に――」
その時、ドアのモニターが短い音と光を発し、ソファで未だに耳を塞いでいる新人研究員とは別の女性の顔を映した。
『・・ベルティーニよ、戻ったわ。開けて頂戴』
言葉を遮られ開いたままの口をそのままに、ベクスター博士は片手を上げて数回軽く頷く。
「あともうひとつ、いいこと教えてやるよ。俺は嘘を言わない」