春から冬まで 1
安定は梁にもたれ掛かりながら、化粧をする清光を呆れた様子で眺めていた。
「あの起こし方はやめてよ。」
「清光が起きないからだろ。」
負けじと言い返す。
「だからってあの起こし方はないでしょ!愛がないってゆーかさー。」
「起こす起こさないに愛は関係ないと思うけど。」
それきり清光は黙りこくってしまった。
しーんと静まりかえった部屋の中はむせ返るほどの化粧のニオイ。
耐えかねた安定が、清光に鋭い言葉を投げかける。
「そんなにめかす必要あるの?ケバいしクサい。」
「なっ!?うっさい、安定には関係ないだろ!」
真っ赤になって言い返しながら、すぐそばにあったマニキュアを手に取る。昨日、主に買ってもらったばかりの新品だ。
軽くビンを振ってから、ふたを開ける。
ねとりとした赤い液体が、姿を現した。
小さなハケをビンの中に入れ、液体に浸す。。
そして、その真っ赤なマニキュアを念入りに爪に塗った。
そんな清光を見ながら、安定は盛大な溜息をつく。。
「・・・はぁ、主に気に入ってもらうため?」
「・・うん・・。」
余程マニキュアを塗るのに集中しているのか、清光は簡単な受け答えしかしない。
また長い沈黙が続いた。
すると突然清光は、手を空に向け、何をチェックする。
「できた!!」
目を輝かせて叫んだ。
「ねぇねぇ、安定。可愛い?」
「あー、はいはい、可愛い可愛い。」
「軽いなぁ・・・。本当にそう思ってる?」
ぶー、とふて腐れたように言う清光。面倒くさくなったのか、安定はそれを無視する。
「早く行かないと。主も待ってるよ。」
そう言うと、清光は少し頬を蒸気させ、先に廊下に出ていた安定を嬉しそうに付いてきた。
いつもそうだ。
主の話になるとこうなる。
どこか嬉しそうに。
恋心を覚えたばかりの乙女のよう。
そんな清光を見て安定は、胸に、刺すような痛みをおぼえた。
それはほんの一瞬の出来事で。