機動戦士Oガンダム
「わたし達は連邦軍の軍人で一時的にここに寄っていたんです。
でも、その間に私たちの艦がジオンに襲われて、ガンダムが、私たちの機体が敵に奪われてしまったんです。
だからあの機体は…ガンダムはタロが乗っているものなんです。私たちはそれを取り戻そうとして・・・」
「・・・・・そうだったのか」彼は歯を食いしばり沈鬱な表情を浮かべると、彼の教え子の一人がタロの元へ寄ってきた。<改ページ>
「なぁっ、さっきモビルスーツが落ちてくの見たぜ、オレ!」教え子のその言葉に、えもいわれぬ不安が押し寄せてくる。
「ねぇっ、それどこ?」クシナは前屈みになって少年と目線を合わせた。
「あ、あっちの森」
「あっちか・・・・・ありがと!」
クシナはタロの手を掴んでシェルターの外へ走り出した。「お、おい!なんだよ?!」
「決まってるでしょ!」タロが見たクシナの眼は初めて見るものだった。「そいつに乗って取り返しにいくの!」
戦場へ向かう二人の背中を、哀と苦に満ち満ちながら彼は視ていた。
『行かなきゃ』
いつの間にか彼は、教え子たちの声も聞こえずに若い命を追っていた。理由はなかった。シェルターの外へ出ると、夏の風ではない熱風が吹いている。
街には戦火があり、河の向こうには巨大な一つの影があった。
その光景が一枚絵となり、彼の忘れたくても忘れたくない戦争を蘇らせ、河を渡って木立を抜けた向こうへと走り出していた。
反射鏡によって太陽光が差し込む透明な地面、『河』を渡って木立を抜けると、巨大な鋼の黒い影があった。
「こいつは・・・」
木々をなぎ倒してそこに横たわる巨人に、彼は見覚えがあった。記憶の中と形は違うものの、その発展型であることは、頭部を見れば明らかだった。
「・・・・・・ザク」
コックピットの上で、クシナがジオンのノーマルスーツをなんとか引きずり出していた。
パイロットは気を失っており、全体重が彼女にかかっていた。
「はぁ…はぁ…はぁ、ねぇちょっとは手伝ってよ!」
「ねぇクシナ」
「なに?」<改ページ>
「なんでそんな楽観的でいられるの?」
「・・・・え?」
「アウターの性能は俺が一番わかってる」
「・・・・・・なに言ってんの?」
「アウターガンダムを相手にすることがどういうことかわかるだろ?」
「なにそれ・・・ガンダムが奪われてもいいってこと?」
「そうじゃない」
「じゃあここの街が燃えるのを黙って見てるの?」
クシナの中で感情が膨らんでいく。
「何もしないでこのまま大人しく見てるの!?あたし達のせいでこうなったかもしれないんだよ?!それなのに黙って見てられるの!?」
「違う!!」
「じゃあなによ!!?」
「アウターとやるなんて死にに行くようなもんだろ!!こいつに乗ったところで・・・・」タロは目の前に横たわる巨人に指を差して叫んだ。
「ただのザクでなにができるっていうんだよ!!!」
「ふざけるなぁっ!!!」
それまで黙って見ていた“先生”の声が黒い木立に響き、静寂がおとずれた。
「ガンダムだからなんだってんだよ・・・・」
彼は自分でも気づかぬ程に全身を震わせ、手のひらを握りしめていた。
「その程度で投げ出すのかよ・・・」
そこには彼の戦争が、彼の中の戦争があった。
「ザクしかなくったってなぁっ・・・・!」
ひとりの少年と、ひとりの青年の姿があった。
「死ぬかもしれなくったってなぁっ・・・・!!」
それでもバーニィは戦ったんだ
かつて少年だった“先生”は大粒の涙をボロボロと流していた。嗚咽にまみれ、ただとまらない涙を拭いながら
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「いこう」クシナはタロの手をきゅっと掴んだ。「あたしも乗るからさ」
2人はザクのコックピットに乗り込んだ。左側にタロ、右側にクシナが一つの操縦席についた。グォンと暗闇にモノアイが光り、シュウッとダクトから放熱すると、鋼鉄の巨人は重い腰を上げた。
モノアイを“先生”から黒煙の上がる街に移すとバーニアを噴かせ、ザクは再び戦場に舞い戻っていった。
「おかしいな・・・止めようと思ったのに・・・・」
彼はそれを目に焼き付けながら、無言の敬礼を送った。
「基本操作は変わらない・・・機体名称は・・・ザク?試験型か」
彼らが今日を過ごした大通りは見る影もなく瓦礫の山になっていた。クシナは胸が張り裂けそうだった。
「この野郎・・・・・・!」
眼下ではアウター・ガンダムとジム・セークヴァが膠着状態にあった。この二機の間にザクで割り込むのは聊か妙な感じがする。
「そうだ」
ザクはアウター・ガンダムの前に着地させた。ジム・セークヴァが警戒の色をこちらに向ける。ザクの右腕に握られたヒートホークが赤く染まっていく。
≪無事だったか…こいつをやって引き上げるぞ…ここまで大事になってはわが軍の…うぐっ…≫
アウターを奪ったパイロットの息も絶え絶えな声がスピーカーから流れた。
「あぁ、そうだ・・・・なッ!」
ザクはアウターへ振り返りながらヒートホークを垂直に振り下ろした。
≪なにっ!?≫
反撃の手を出されない内にすかさず体当たりをすると、アウターは大通りになぞるように弧を描いた。「軽いだろ?ガンダムって」
アウターはバーニアを噴かせ、そのまま空へ舞いあがる。そこを逃すまいとジム・セークヴァがアウターに突貫。機体を密着させ、バーニアの噴射を緩める事なくそのまま大通りを抜け、先ほどまでザクのいた木立へとアウターを押し倒した。
ザクも引き返すように後に続くと、きっと中空で逆転したのだろう。アウターはジム・セークヴァにまたがり、今にもコックピットをビームサーベルで焼こうとしていた。
「このやろおおおおおおお!!!!!」<改ページ>
ザクはアウターを狙ってヒートホークを振り下ろした。
それは空を斬り、危うくジム・セークヴァのコックピットを熱で断絶しかけた。
≪危ねぇじゃねぇかおい!≫
「ニロンさん!」
≪お前、タロか!?どうしたんだ?≫
「盗んだの!」
≪クシナもいるのか・・・ぐぅぁっ≫ニロンも息を荒げ、呻いていた。
「大丈夫ですか!?」
≪さっき食らっちまってな・・・ただ、そいつもやられている、アウターに乗る前に俺が肩にブチ込んでやった≫
相手は肉体的に限界を迎えている。ザクはアウターに向き直った。
「タロ・・・このまま行って」
ザクはヒートホークを、アウターはビームサーベルを構えて対峙した。
次の一手で勝負が決する。
「「・・・ぅぅぅうううおおおあああああああ!!!!!!!」」
ヒートホークを振り上げ、懐が開いたザクのコックピットにガンダムのビームサーベルが迫る
そして
ザクはヒートホークを振り下ろすことなく止まっていた
ガンダムのビームサーベルは、ザクの左腕を落としていた
ザクのボディには、ビームサーベルの轍が出来ていた。<改ページ>
アウターのサーベルがコックピットへ到達する直前、クシナが操縦桿を握りザクの重心を右へずらしていたのだ。
殆ど気力のみで戦っていたのだろう、アウターのコックピットの中で、男は決着がついたと安堵し、気を失っていた。