機動戦士Oガンダム
第8話 Out of circle
「んっ・・・んううう・・・うああああああああああああああああ!!!!!」
火星圏へと向かう補給艦の中で、カーン・Jr.は身体中をミミズが這うような悪夢にうなされていた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」悪夢から逃れた彼の身体は汗にまみれ、床をしっとりと濡らしていた。「まただ…またあの夢が・・・!」
火星圏へと近づくにつれ悪夢は頻度を増し、いつも男が現れた。その姿はシルエットとなり、顔はわからない。
部屋のモニターから呼び出し音が鳴り、画面にウィノナが現れた。
≪およそ24時間後にアリエスへ到着いたします。どうされました?≫
「いや…なんでもない」
≪そうですか≫
「報告ありがとう」
モニターの通信が切れると、彼はベッドに体を沈め、ただぼんやりと宙を眺めた。
≠
『白いモビルスーツが勝つわ』
宇宙世紀0079、12月――――――
戦争も終局に差し掛かっていたころ、サイド6ではそのごくわずかな一端がテレビによって映し出されていた。
彼らの目が見つめるカメラの向こうでは、一機の白いモビルスーツが鬼神のごとく敵を墜としていた。
後に救世主、または悪魔とも呼ばれる“ガンダム”の姿だった。
あるものはそれを遠い国の事のように、またあるものはそれをどこか絵空事のように感じていたのかもしれない。
その白いモビルスーツの中で、少年は第六感を極限まで研ぎ澄ませ、ニュータイプとしての更なる覚醒を始めていた。
そして、宇宙世紀0088、7月
「ううおおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
タロ・アサティは白亜の鎧を身に纏い、この空域でほんの少しだけ、ずれた道を辿っていた。
日常に染み付いた無意識の行動を取る様に、ただ淡々と、襲い掛かるモビルスーツを祓っていた。
彼の意識は脊髄反射のその先まで高まり、やがて全身麻酔のようにスゥッと底の闇へと落ちていった。
<改ページ>
「ッ・・・・・!?」
ゼーレーヴェ艦内の栽培室―――――
ファナの顔は青ざめ、ユニットから摘んだ野菜をゆっくりと床へ落とした。
「どうしたの?!」
「あ…ううん、だ…だいじょうぶ・・・」
パトリシアが心配そうに見る中≪ただいま火星圏内に入りました!≫というアルマの弾けるような声が艦内スピーカーから響く。
「・・・・そろそろ食堂行こうか」
「う、うん」
えもいわれぬ不安がファナの心を締め付けた。
食堂の厨房では料理長のヒムラがファナとパトリシアをにこやかに出迎えた。
「おぉありがとう!いつもすまないねぇ」
「いえ!少しでもできることがあったら手伝いたくって!」それが、心を紛らわせるファナなりの方法でもあった。
しばらくして、東條を除くゼーレーヴェ隊一同と艦長が食堂へやってきた。
「おおおおぉぉ飯だああぁ!!でも肉はないんだよなぁ〜…合成肉でもいいからさぁ」
「ないものはないんだから文句言わない」
ギュンターのはしゃぎっぷりにキューベルは釘を刺した。
ここしばらくを宇宙食で食いつないでいた彼らにとって、ファナとパトリシアが並べていく夕食は豪勢なものだ。
「今夜は火星圏に入ったこともあって少しだけ豪勢にしてみました」という料理長のにこやかなごあいさつが、いただきますの合図となった。
皆が黙々と食べている時、ギュンターが口を開いた。
「へはは、へう」
「口に物入れて喋らないで」
「んぐっ・・・・てかさ、ベる…キューベル艦長」
「なに」
「あの二人、向こう着いたらどうすんの?」パトリシアとファナのことだ。<改ページ>
「さぁ、そっから先は私たちの仕事じゃないし…そもそも何であの娘を届けるのかだって」
「プルちゃんはともかくとして、ファナちゃんは?」
「それは・・・・・」
ファナはパトリシアがゼーレーヴェへ収監されるときについてきてしまったのもあり、イレギュラーな存在であった。
「確かあの子って兄貴がいるんだろ?そいつはどうしたんだよ?」
「なんであんたはそう土足でズカズカと」
何を目的として乗り込んだかもはっきりとわかっていないので艦長であるキューベルは一先ず保留としていた。
「俺たちが見つけたときはたしか、ニュータイプとか言ってたな」
「難しいおはなししてたぁ」
ファナとパトリシアは少し離れた席で食器を鳴らして、自分たちで作ったシチューを食べていた。
「うん!おいしい!・・・・・・ねぇ、だいじょうぶ?」
「えっ?」
スプーンを口に運ぶたびに、ファナの目は潤んでいた。「やっぱり、さっきの野菜室でなにか」
「あ、そうじゃないの!なんていうか・・・・懐かしくって」
「ねぇ!ちょっと聞きたいんだけどさ」
ギュンターが彼女たちの間に割って入った。キューベルは額に手を当てため息をついた。
「プルちゃんは何で火星に行くのか知ってるのかい?」と聞かれ、パトリシアは少しむっとした表情を返した。
「だ、だってほら!そもそもの始まりはプルちゃんがさ」
「あ、あの」キューベル以外の視線がパトリシアに集まる。「リモーネとか、パトリシアでいい・・・“プルちゃん”って変な感じがするし」
「呼びやすいのになぁ・・・ってのはおいといて、ねぇなんで?」
「わたしも詳しくは知らない。でも」
「でも?」
「メモリークローン…みたいなことをあいつが言ってた」
今はマイクロ・アーガマにいるヨーゼフ・クビツェクの事だが、まぁ誰も覚えていないだろう。
「メモリー・・・クローン・・・・?」<改ページ>
「ニュータイプ研究の一つだと思う、たぶん。
迫水さんとエヴァちゃんは知ってると思うけど、私は研究所でクローン実験の被検体だったの。それで」
「メモリークローンはその流れの一つだということね」キューベルだ。
「その、クローン実験ってのは成功したの?」ギュンターがずいっと身を乗り出してきた。
「えぇ、もうすぐ私のクローンが戦闘配備されるはず。いや、もうしてるかも」
「・・・・け、けど、メモリーって記憶だろ?それでクローンって…わっかんねぇなぁ」
聞いてはいけない事を聞いてしまったような、そんな空気を一掃するため颯爽と次の質問に移った。キューベルは小さく「馬鹿」と彼を小突いた。
「よくはわからない。でもきっと、記憶を他の人に植え付けて何かをするのかも・・・それで私がよばれたんだと思う。どうしたんですか?」
「ま、まぁ今はそれは置いといて!こっちきて食べようぜ!」
パトリシアがさらりととんでもないことを言ったのでギュンターが慌てて取り繕った。
ファナとパトリシアは、彼らの食卓に加わった。
≠
タロが再び意識を取り戻すと、知らない天井が広がっていた。
「目を開けたぞ!運べ!」
タロは手術台の上に乗せられていた。
『ここは・・・・・?』
部屋の中を視界の許す限り見渡していると、周りには見張りと思われる男がひとり。
『どこかのコロニーかな?』などと考えながら、タロは手術台に乗せられたままどこかへ運ばれた。