機動戦士Oガンダム
銃声、その刹那、彼の体の痛みと彼女の心の痛みがタロに奔った。
『お兄ちゃん!』
『リィナ!』
『おにいちゃん・・・』
リィナと呼ばれたその声は、タロが先に聞いたあの少女のものだった。奇しくも自分と同じニュータイプの兄妹が“ここ”にもいた。
『どけリィナ!』『いや!今度はあたしがお兄ちゃんを助ける番よ!』
『嫌いだね!そういうベタベタしたのは・・・続きは天国とかでやるんだな!!』
どす黒い血のような“波”がタロに押し寄せた。「いけない!!そんな黒い感情を出したら・・・!!」
ジュドーに向けられた銃口から射出された一発の弾丸が、リィナに命中した。
妹が身を挺して、兄を守ったのだ。
ハマーンの黒い感情がリィナの鮮血により哀しみに染まる。しかし、それはすぐに怖れへと変わることになる。
リィナを撃たれた兄の、ジュドーの怒りの業火はハマーンを、そしてタロをも飲み込んでいった。
「あ・・・・ああああああああああああああ!!!!!」<改ページ>
タロはドワッジの持つジャイアント・バズの砲口をジュドーのいる迎賓館へ向けていた。
「おいバカ!なにやってんだ!」
弾はニロンが自機のアームで即座に砲身を掴んでずらしたおかげで起道が逸れ、迎賓館に着弾せずに済んだ。
「おまえ・・・・・」
≪ニロンさん、降ります≫
「あ?なんだって?」
≪彼に会わなくちゃいけない!≫
ドワッジのコックピットハッチが開き、タロが生身で市街地に降りて行った。「なに考えてんだあいつは・・・ま、このままどっか行っちまうのもありだな」
二機のドワッジは抜け殻のまま市街地に立っていた。
二人が迎賓館前までたどり着くと、正門で二人の男が揉めていた。金髪の若い男がもう一人の兵士の胸ぐらを掴んでいた。
『あの顔・・・そうだ、パレードの車に乗っていたやつだ』
「本当にリィナは、少年と一緒に出て行ったんだな?!」
「は、はいッ!グレミー様のご命令と言って」
「誰が命令するものかっ!!!」
グレミーと呼ばれた金髪の男は掴んでいた手をほどき、どこかへ走り去った。もう一人の兵士も、地面に何かを見つけるとグレミーの後を追っていった。
「よし、今だ!」
「ちょっと待て、なにすんのか聞いてねぇぞ?」
「車で後をつけます。まだそう遠くへ行っていないはずだ・・・!」
「だから誰が!主語を言え主語を!」
「俺と同じニュータイプがいるんですよ!!」「誰だ!そこにいるのは?!」
タロの怒声がもう一人の護衛兵を呼び寄せてしまった。
しかしある意味では運がよかった。その護衛兵はタロと既に顔見知りだった。
「ラド!ラド・カディハ!」
「お前は今朝の!えーっと・・・」<改ページ>
「俺ですよ、オレ!」タロは再び彼に軍人証を突きつけた。
「あぁ、タロ・アサティ!状況はどうだ?」
「あ、は、はいっ!えぇと・・・」
「やぁどうも、俺たちは市街地でやってたんだが至急増援が必要になった。一刻も早くグレミー様にご報告するために車が欲しい」
「だ、誰だ!?」
「上官」
ニロンが軍人証を見せラドを説き伏せた。
「し、失礼しました!こちらです、どうぞ!」
「すまないが運転も頼みたい」
ジオン軍人証を当たり前の様に振りかざすニロンをまだ若いラドは寸分も疑わず、彼の言いなりになっていた。
「連れてくんですか?」
「連れて行って口封じしとかなきゃ後々面倒だろ」
ニロンは小さな声でやり取りすると「彼の言うとおりに車を進めてくれ」とラドと車を動かした。
車は市街地を抜け、木立のある砂浜へと走っていった。
≠
力が・・・入らない・・・・だめ…こんなとこでおわっちゃ・・・おにいちゃんと・・・プルと・・・一緒に・・・・・
「ほんとにこんなとこにいんのか?」
「俺の勘が間違いなければ」
・・・・・おにいちゃん・・・?
「一応銃構えとけ、こういうとこはうってつけだからな」
ちがう・・・似てるけどおにいちゃんじゃない・・・!だれなの・・・?
『わ、わかったよ、ルー!』「ルーさん!だめ!グレミーを信じちゃ!!」
リィナが目を開けると、二人の男の顔があった。
「ルーさん?」
「戦闘が激しくなってきている、早く車に乗せるぞ」<改ページ>
「だ、だれ?!」リィナの声もよそに、二人の内のまだ若い方がリィナの身体を抱えた。「いたっ・・・」
「ニロンさん!この子ケガして」
「早くしろ!いつ流れ弾が来るかわかんねぇぞ」
「・・・ゴメンな。ちょっと痛いけど…がまんしてな」
「まって!まだ、プル・・・が・・・・」リィナは再び気を失った。
タロとニロンは木々の小屋の中で寝かされていたニュータイプの少女、リィナを車に乗せてその場を離れた。遥か遠くになった小屋はモビルスーツという流れ弾によって焼失していた。
「間一髪だったな」
「はい・・・」
ニロンは助手席に乗り、後部座席でタロがリィナのできる限りの看護をしていた。
「どうだ?血は止まったか?」タロは彼女の出血している個所をノーマルスーツ用の応急テープを地肌に貼り、できる限りの力で強く抑えていた。
「た、たぶん」
「ラド、この近くに医療施設はないのか?」
「い、医療団のホットラインにかけたので、ここら辺で待っていれば」
ラドは手際よくいつのまにやら自身のTシャツを目印代わりに車にくくりつけていた。辺りが暗くなっているのでどれほどの意味があるかはわからないが。
「お、おい!前!前!」
「え?うわぁっっっ・・・!」
ラドが急ブレーキを踏んだ先には、ヘッドライトに照らされ浮かび上がった一台の白いキャンピングカーが止まっていた。
中から白い服に身を包んだ金髪の女性が姿を現し、車に乗った3人の“ジオン軍人”を一瞥した。
「治療の必要な方は?」
「ここです!この子…撃たれて」
「止血は?」
「応急テープと…圧迫で…なんとか」
「血液型は?」
「わ・・・わかりません」タロは何もできない自分に落胆しながらも、リィナを触診する彼女の姿が気になってしまっていた。<改ページ>
「・・・・・あの人に似てる」
「はい?」
「あ、いえ・・・」
リィナの目にペンライトの光を当てる彼女の顔が、事の重大さを物語っていた。
「・・・・非常に危険な状態です。どなたか同伴をお願いしたいのですが」
「じゃあ俺が「ラド、お前が行け」
ニロンはタロの言葉を遮ってまでラドに命じた。
「え!?」
「上官命令だ。俺はこのことを上部に伝えておく」それは、ニロンの礼の言葉であった。
「は、はいっ!了解です!」
「では、お願いします」
車の横で医療団の隊員がリィナを担架に乗せている間、彼女はタロを見ていた。
「あ・・・すいません、ほんとは俺がついてってやらないとなんですけど」
「えっ?え、えぇ…大丈夫よ。後は私たちにまかせて」
リィナが医療車に乗せられたのを確認すると彼女は一礼し
「では、一段落したらこちらから連絡を差し上げます」