機動戦士Oガンダム
「握手くらいしてやればいいだろう」
まるで子供の様に言われ少し癪に障るも、カーン・Jr.はおそるおそるタロの手を握った。その時、互に電流のような衝撃が走り、互に手を突き放した。
『この人、違う・・・!』『覗かれた!?』
タロは彼の奥にある異質な存在を垣間見てしまった。自身の不可侵領域に踏み込まれたカーン・Jr.の荒い息遣いが聞こえてきた。
やがて時が止まったような静けさがもどると、
「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったな」シャアが言った。
「あ・・・えっと、タロ・アサティ」
「タロ君・・・・私は…君がここに来るか、賭けをしていた」
急に何を言い出すのだろうとカーン・Jr.はきょとんとして彼を見る。
「そして結果はこの通りだ。タロ・アサティ君」背後を一瞥し、彼の口元がかすかに緩むと<改ページ>
まだ年端も行かぬその青い瞳を真っ直ぐ捉え
「このアウター・ガンダムには君が乗るといい」
彼の背にあるものを託した。
「なっ・・・シャア!貴様一体どういうつもりだ!!」
シャアの思いもよらぬ発言にカーン・Jr.は全身の血が煮え滾りそうになった。「何が気に入らない!私がそんなに嫌か!!」と彼の胸ぐらをつかんで感情を露わにした。
「あ、あの・・・」
「なんだうるさい!!」
あまりの憤りに、割って入ったタロにまでその矛先を向ける。
「えっと・・・これはなんなんです?」しかし当の本人はお構いなしで、何事もなかったかのように質問をぶつけた。「それに、なんで俺なんですか?」
「ふむ・・・」とシャアは顎に手を当て、やがて言葉を選び終えると「君がニュータイプかもしれんからな」と言った。
「ニュー・・・タイプ・・・?」
「例えば、相手が何を考え、思っているか・・・君は相手の手を取ることで感じ取るんじゃないか?」
「え?そうですけど・・・」さも当然のように答えるタロにシャアはフッと笑う。
「あの時、何を感じた?」
そう聞かれたタロは少し戸惑いつつ「は、はぁ…なんか、重いものが流れてきたっていうか」と答えるとシャアの眼光が僅かに鋭くなり再び手を差し出した。
タロがそれに応じるまで少しの間があった。手を取れば視えるとまではいかずとも感じ取ってしまう、それがモノによっては精神に負担が及ぼす場合もあるのだ。それは意識的にオン、オフと切り替えられるのだが、先ほど少し触れただけでもかなりのものが流れ込んできたこの男を再び相手にすれば、自殺行為のようなものだった。
「・・・・・わかりました」
覚悟を決めると、彼の手を取った。
「・・・・・・・・・・・・!」
タロの握る手の力が強くなっていき、表情が引き締まった。
「なんとなくは、わかったよ・・・あんたの事も、その、ガンダムっていう物の事も・・・でもそれは・・・・・戦争をやれってことでしょ?」脳裏に戦火の記憶が蘇る。「いらねーよ、そんなもの」<改ページ>
タロの青い目はシャアの青い瞳をまっすぐに捉えていた。
「君は、なぜここにいると思う」
「・・・・あんたらが戦争をやったからでしょ」タロの眉間に皺が寄り、眼光が鋭気を増す。
「人はすれ違う生き物だ、戦争はその結果であり手段でしかない」シャアは淡々と答えるも、その声には静かな怒りが籠っていた。
「そんな理由で・・・そんなことで父さんと…母さんは・・・!」タロの拳に力が入っていった。
「ニュータイプは…」と今にも殴りかかってきそうなタロを制し「ニュータイプというのは…そうした手段をとらなくて済む人間だ。君にはその素質がある」と告げた。
「俺に・・・・・・」
そのようなことが当たり前であるタロはいまいち意味を捉えられず、シャアから目を逸らした。
「手を取って相手を感じるのもそういった力の一つだろう。おそらく“普通”にできる事じゃない。君にはニュータイプの“魁”になって欲しい」
タロの青い刃が、その返答の代わりとして再び彼に突き付けられた。シャアはゆっくりと息を吐き、我を落ち着かせた。
「・・・・こうしないとわからない人間が多すぎるからな」
この時、タロは初めてシャアの声に血を感じ、彼なりに姿勢を正した。
「一度、地球へ行ってみるといい」
「地球・・・・?」
一年戦争による宇宙漂流後、火星圏で暮らすタロにとって、地球は記憶の彼方である。故に『母なる大地』と言葉で聞いても、もはや別の世界のように感じていた。
「君なら重力に魂を引かれている人間を視る事ができるはずだ」
重力に魂を引かれるとはなんだろう?
コロニーの疑似重力しか馴染みのない彼にしてみれば、重力というものは弾き出されている感覚に近い。
本物の重力を覚えていなければ『魂を引かれる』という表現は微塵も理解できるものではなかった。
「このコロニーに連邦の舟が来ている・・・・・行け!」
自分を導いた男の気迫に押され、弾かれるように廃墟を後にした。
場が静かになりシャアの肩が下がると、空間から疎外されていたカーン・Jr.がしばらくぶりに口を聞いた。
「随分とおしゃべりだったなシャア・・・・・」さらに「口では何とでも言えるからな」と投げつけた。
「・・・・・・他に拠点は?」<改ページ>
「なに?」
「さすがにここが本拠地ということはないだろう?」
このコロニーを一通り見れば、シャアでなくともその推測は一目瞭然である。
「あぁ・・・・・
まずはアクシズ…そしてここと火星の中間にある小惑星アリエスだ」
そう答える彼は、シャアを睨みつけていた。
「救援物資はアクシズからだな」
「・・・・・シャア」カーン・Jr.の表情が一層険しくなる。「なぜだ・・・?」
「あの少年は」
「シャア!!なぜあんな事をした!!」ここで譲るわけには行かない。彼は留めていた怒りを剥き出しにした。
「どうして私の言ったことを受け入れてくれない・・・!そんなに私が」
その刹那、華奢な肩をがっしりとシャアに掴まれ、彼の怒りは消えた。
「お前はハマーンじゃない!あまりのみこまれるな!!」
「それに私は・・・もうパイロットをやっていればいいというわけにもいかなくなった」
カーン・Jr.の目はうっすらと濡れていたが、シャアは気づかないふりをした「アリエスには行けるか」
「あぁ・・・案内…する」カーン・Jr.はウィノナを呼び出した。
≠
ファナは部屋で一人、いつもよりくすんだ空を眺めていた。彼女の内にも、その景色みたく砂塵の舞うザラついた感覚があった。
突然、何の前触れもなく、玄関の扉の向こうから≪すみませーん≫と男の声がした。
『誰・・・?』
タロが部屋にいない今、玄関を開けるのは危険を孕んでいる。
≪ごめんくださーい≫
≪港の方がいいんじゃねぇか?≫
≪あんなとこいたら肺が腐っちまうよ≫
2人の男同士の会話が聞こえた。なおさら開けてはいけないと思い、男たちがこのまま去るのを静かに待つことにした。<改ページ>
≪窓に人が見えたんだけどなぁ≫
≪幽霊でも見たんだろ≫
≪おい、なんだあんた達≫
兄の声だ。