機動戦士Oガンダム
彼女の死を一番近くではっきりと見届けたのはギュンターだった。自信を掠めていったガンキャノン・ディテクターの放った死に弾の弾道を追った視線の先で、エヴァの乗るガザXが白い悪魔に切り裂かれ、爆ぜた。
「・・・・・・エヴァ?」
しばらく茫然としていた。人の死を頭でわかっても、すぐに心で受け入れられる者はいないだろう。そしてそれが親しい中であればあるほど、時間はかかる。
「あいつが…やったのか・・・ガンダムが・・・・」<改ページ>
気が付けば、エヴァを殺した白い悪魔が彼の目の前に迫ってきていた。「てめぇが・・・・・・」
ギュンターはランスカクタスの出力を最大限にして矢のごとく、大胆に真正面からアウター・ガンダムへと向かった。
「てめぇがあああああああああ!!!!!」
彼の慟哭は空振りに終わった。
アウターはガルヴァドスに指一本触れることなくエスタンジア艦隊の中を突っ切っていった。
「刺し違うことすら・・・・できないのかぁっ・・・!!」
怒りよりも哀しみよりも、彼は悔しかった。どんなに優れた機体に乗ろうと、望みが叶えられるわけではない。星が輝く時を映した全天周モニターを叩き割りたい衝動に駆られつつもその拳は、自分の頬を殴った。
我に返ると、エスタンジアの艦隊と連邦、ジオン機入り乱れたモビルスーツ隊が道を開け、その中を光が飲み込まれる程の黒い巨大な物体がゆっくりと前線へ赴いていた。
グワダン級大型戦艦というよりは一年戦争時のモビルアーマー、エルメスを彷彿させるフォルムだ。
やがて進行が止まると、艦首が大きく花のようにゆっくりと開き、5つの花弁の中心に眩い光輪が瞬いた。
パウッ
目を焼くほどの閃光が輝いて、モビルスーツを、人を、魂を無へと還した。
振り返ると、戦闘域を埋め尽くしていた白い機体が半数に減っていた。
「ベル・・・・!」
ギュンターはガルヴァドスの俊敏性に助けられ、後方にいるゼーレーヴェ艦へと向かった。
≠
敵機体の半数を葬り、ケツァルコアトルはすぐに第二射の装填を開始していた。しかし 宇宙に漂う反陽子を集め、レーザーとして完全に照射させるにはニ十分の時間を必要とした。
「くそっ、失敗した!」<改ページ>
その間にも残ったイルダーマ共がこちらへ総攻撃を仕掛けてくる。敵勢力を殲滅できなかったのはエネルギーの充填が不十分だった上に、十分な照射範囲がとれなかったと考えたアドルフはケツァルコアトルをゆっくりと敵勢力の中へと進めた。
「他に何か武器は・・・タロ!」
≪・・・・・・≫
タロからの返答はない。しかし無言の代わりにアウターからの信号が送られると、ケツァルコアトルの滑らかな表皮が割れ、中から20枚の巨大な円盤が射出された。
それはもはや無人モビルアーマーと言ってもいいほどだが、これこそがこのケツァルコアトル、アウターガンダムにとってのニュータイプ専用兵器ファンネルだった。
ビーム射出装置である通常のファンネルとは違い、こちらはビームの刃を回転させて攻撃する対戦闘用兵器である。残っているイルダーマ達は、次々とその光輪に八つ裂きにされていった。
切り裂かれたイルダーマの痛みがタロを再び襲った。
≠
ガルヴァドスがゼーレーヴェ艦まで引き返すと、艦は反陽子収束砲により右舷をやられていた。
「ベル!大丈夫か!」
≪え、えぇ…なんとかね・・・でも、もうこの艦は・・・≫
「ノーマルスーツは?!」
≪一応着ているわ≫
「全員?」
≪さ、さぁ・・・≫
「とにかく生き残っている奴はノーマルスーツを着て左舷のハッチまで急いで!いつ二射目がくるか」
≪お前、ここでなにやっている≫
ガルヴァドスに、ヴェルデ・エア、隊長である東條からの接触回線が繋がった。
「い、いや・・・艦がやられたと思って・・・」
≪お前は前線に戻れ!≫
「いやです!!」
≪・・・・なんだって?≫<改ページ>
「艦長を・・・ベルを死なせるわけには行きません!安全圏まで誘導してから前線に戻ります!」
東條は、接触回線の切れたコックピットの中で「幸せな奴だな」と呟いた。
≠
ヴィルヘルムの後を追っていたブラッドは、気が付くと暗い機械まみれの部屋、ヴィルヘルムの研究室へ辿り着いていた。
その中で彼は、コンピューターの画面から振り向くこともなく「指揮はいいのか?」と声だけやった。
「しばらくは放っておいてもよさそうなんでな」
「そうかい。」
「最終調整とやらはもういいのか?」
「あぁ、そっちはもう終わっているよ。」
「なら」何をしているんだ、と尋ねかけたとき
「キミの思う理想的なシャア・アズナブルを聞かせてくれないか?」というヴィルヘルムの唐突な問いに、ブラッドは言葉が飛んだ。
「少し違ったかな。」彼はおもむろに振り返り「ハマーン・カーンの記憶からではなく一般的な、大衆を率いるための理想的なシャア・アズナブル像を聞きたい。」
「何を…言っているんだ・・・・?」
「シャアという男は指導者としては素晴らしいが人間的に大きな欠陥がある。一見至極冷静な人格の内にあるとても人間的な感情、それが今回の様にミネバの後を追ってわざわざ木星まで行く勝手な行動につながる。」
「・・・・・それで?」
「自分を見なさい。女であればまだしも男であるお前が記憶によってシャアに」
「うるさい」
「彼が木星へ行ってからおまえは自暴自棄になった。これでは何のためのメモリークローンかわかったものじゃない。」
「ひ…人を勝手にしておいて・・・・!」彼の無意識の悪意がブラッドを辱める。
「メモリークローンは素体と僅かな記憶のゲノムさえあればいい。後はこちらで人格をプログラミングすれば感情に左右されない指導者が出来上がる。」
「人格を・・・プログラミング・・・・」<改ページ>
「思考を電気信号に変換できるならその逆もできるはず、私はそう考えた。
そして僅かな記憶を用いてゼロから作る手間を省き、第三者などから対象のパーソナリティ情報を集めこちらで取捨選択して設定する。そして理想的な一人の人間をつくる。」
「そんなものはすでに人間じゃない!人の形をしたエゴの器だ!」
「それがジオン・コンティニュー・オペレーションだ。」
「・・・・兄さんの目的はなに?」
沸々と血を滾らせるブラッドの右手が腰へと伸びたとき
≪リモーネ・パトリシア・プルッカ、ハチカMk-?、出撃します≫
アリエスのハッチからパトリシアの乗った巨大モビルスーツが出撃した。
「今出撃した彼女も我々の実験に協力してくれた人だ。きっと今頃は彼女のクローンが地球圏で戦場に出ているだろうね。」
「ッ・・・貴様・・・!」
≪ワインスタイン卿、サイコガンダム・テスカトリポカを出撃させますがよろしいですか?≫
もはや彼はヴィルヘルムという偽名ではなく、本名であるスティーブン・ワインスタインを名乗っていた。
「彼女と回線を。」≪わかりました≫