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No.017
No.017
novelistID. 5253
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六尾稲荷

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 地蔵堂で、その場に相応しくないクシャミをしたのはノゾミだった。風邪でも引いたかとタイキが訊ねると、大丈夫だとノゾミが答えた。「それにしても雨止まんのう」と、水の滴り落ちる地蔵堂の入り口を見てタイキが言う。すると、ピカっと雷が光った。「きゃあっ」とノゾミが叫ぶ。「なんじゃ、ノゾミは雷がだめなんか」と、タイキ。頷くノゾミ。
 雨はなかなか止む気配がない。また雷が光った。ほどなくしてゴロゴロと音が聞こえてくる。

「知っとるかノゾミ、雷が落ちるところには雷獣がおるんじゃ。タマエ婆ぁが言っておった」
「カナエおばあちゃんは、雨は水神様が降らすって言ってた。怒ると洪水を起こすんだって」
「そうか、タマエ婆ぁと似たようなこと話しておるんじゃなぁ。でな、特に徳の高い雷獣は雷神様と呼ばれておってな、雷雲を従えて、各地を走っているそうじゃ」
「それなら、このへんは山ばかりだから越えるのが大変なのかもしれないね」
「そうかもしれんのう。そうじゃ、雷と言えばなぁ、一ヶ月くらい前、向こうの山の神社に雷が落ちての。タマエ婆ぁが言うには、雷獣が屋根の上で昼寝でもしとったんじゃという話なんじゃが……とにかくずいぶんと燃えてしまったらしいんじゃ。それで近々、俺の親父が修理しに行く予定だったんじゃ……親父は大工じゃきに。ところが、神社の修理に行こうって時に屋根から落ちて骨折してしまってのう。しかも治りが悪いんじゃ。他に直そうゆうもんもおらんでな、未だに神社はそのままになっとる。タマエ婆ぁは土地の神さんは大事にせにゃあかんと言っておったのに、嘆かわしいことじゃ」
「それ、カナエおばあちゃんも言ってた。土地の神様は大事にしなさい。でないと悪いことが起きるって。…………うちのお父さんもね、勤めてた会社クビになっちゃったの。だから、農業やるってこっちに戻ってきたんだけど、なかなか馴染めないみたいで毎晩お酒ばっかり飲んでる。弱いくせに」
「そうか。おまんも苦労しておるんじゃのう」

 タイキが鞄から紙袋を取り出して、食うか、と言って中からイカ串を差し出した。うん、と返事をしてノゾミがそれを受け取る。

「ねぇ、ロコンどうしてるかな」
「こんな雨じゃあ心配じゃのう」
「うん……」

 雨は、まだ降り続いている。

「そうだ、せっかくだからお父さんのことお願いして行こうよ」地蔵を見てノゾミが言う。
「そうじゃな」とタイキは答え、二人は地蔵に手を合わせた。

 バサバサッ。

 二人の右斜め上から羽音が聞こえてきたのはそんな時だった。二人がなんだと思って、その方向を見上げると、そこにいたのは一羽の鴉だった。けれどその姿はどこか奇妙であった。
 少々曲がった形の嘴、ぼさぼさの麦わら帽子を被ったような頭、その下から覗く赤く光る陰気な目――この特徴にタイキは聞き覚えがあった。それに気が付いた時、タイキは

「あーーーーーーーーっ、おまんは!」

 と、声を上げていた。何事かと驚くノゾミを尻目にタイキが

「駄菓子屋のばっちゃんが言っておった菓子泥棒はおまんじゃな!」

 と、言った。

「えッ、どういうこと?」
「さっきは話し忘れたけどなぁ、駄菓子屋のばっちゃん曰く、そいつはけったいな鴉だったらしいで。なんや目は赤く光っとるし、麦わら帽子かぶったような頭しとったそうじゃ」
「それじゃあ……」
「そうじゃ、こいつが盗人の正体じゃ!」
「カカァ?」

 奇妙な鴉は最初、タイキの声に少し驚いた様子だったが、ぶるぶるっと羽を震わせ水を掃った。そしてじっとノゾミのほうを見つめる。二人はノゾミの手が握っているものに視線を落とした。ノゾミの手に握られていたのは、イカ串。

「……まさか」
「カァ!」
「だ、だめだぞ! これはノゾミにやったんじゃ!」

 タイキは鴉の前に立ち塞がりとうせんぼうをした。

「カカァ……」

 鴉はなんとも残念そうな顔をした。けれどもイカは諦めたらしく、地蔵堂の天井の柱をぽんぽん飛び乗って移動すると、隅のほうをごそごそと漁り始め、何かを取り出した。その取り出した何かを見てタイキはさらに驚くことになる。
 鴉が取り出したのは――赤く光る石だった。二週間ほど前にタイキが拾ったきれいな石。いつのまにかどこかへ行ってしまった石。

「おまんじゃったのかぁああああああああああああああ!」

 タイキの絶叫があたりにこだました。



「コラ待てこのクソ鴉!」

 タイキは地蔵堂を飛び出し、奇妙な鴉を追い始めた。ノゾミも遅れをとりながらタイキを追いかけていた。鴉は嘴に石を挟み、余裕しゃくしゃくの顔をしてゆうゆうと飛んで行く。いやに低空飛行だった。明らかに楽しんでいる。

「アホー」
「誰がアホじゃボケェ!」

 一方のタイキはブチ切れている。そして完全に遊ばれていた。それにしてもタイキと鴉の速いこと速いこと。さすがに田舎っ子のパワーは伊達じゃない。

「ちょ……、タイキ待ってよ!」

 ノゾミはなんとか追いつこうとがんばるが、すでに息も切々だ。ノゾミがやっとの思いでため池の前を通りすぎたころ、すでに一羽と一人は貉の一本道の向こうであった。そこで鴉は上昇する。ついに山の林の中に入って見えなくなってしまった。

「ちっくしょう! おぼえてやがれ!」

 一本道の向こうからタイキの遠吠えが聞こえてきた。その頃には雨も止み、貉の一本道のあちこちに水溜りができていた。

「はぁ、はぁ、あのクソ鴉め、今度会ったらただじゃおかん……」

 タイキは半分魂が抜けたような顔をして言った。走りっぱなしで、しかも叫んでばかりいたのだ。無理もない話だった。一本道の終わりで合流した二人は稲荷神社へと向かう。
 神社の鳥居が見えてくると、ノゾミは駆け出した。疲れきって、ちょっと待てよと言うタイキに対しノゾミは、早くしなよ、ロコンが待ってるよ、と言って聞かない。しょうがないやつじゃのう、とタイキは少し笑顔になった。
 だが次の瞬間、鳥居の前まで来たノゾミの顔が凍り付いた。異変を察知したタイキは駆け出す。ノゾミが石段に駆け寄った。タイキがノゾミのところに到着したとき、ノゾミの腕の中にいるロコンが目に入った。
 ロコンは、傷だらけでびしょ濡れだった。



「ばあちゃん、おばあちゃぁあん!」
 ノゾミの泣き叫ぶ声が聞こえて、祖母のカナエは家を飛び出した。家の表門からノゾミとタイキが駆け込んで来る。

「どうしたんじゃノゾミ」
「ロコンが……、ロコンが……!」

 ノゾミは目にいっぱい涙をためていた。その腕には赤い獣。びしょ濡れで傷だらけ。その目は閉じられている。カナエは獣に手を触れる。獣の鼓動はまだ脈打っていた。

「とにかく中へ入るんじゃ! タイキ、おまんは裏から薪を持ってこい。湿っていないやつをめいっぱいじゃ!」
作品名:六尾稲荷 作家名:No.017