LIFE! 1―Hold back―
「あなたは、シロウの未来の姿でしょう? 同じ結界を持っていることですし、あなたなら、」
「できるわけがない。同じものを使うというだけで、私とこのたわけでは、まるで質が違う。私にはどうすることもできんよ」
冷静に言い放ったアーチャーに俺も納得だ。
そうだ、過去と未来といったって、俺たちは別物だ。
俺はこんなに目つき悪くない、こんなに皮肉屋でもない。
そんなことを思っていたら、バサッと布がはためくような音がする。俺のすぐそばにアーチャーが片膝をついたのが霞んだ視界に入った。
ふわ、と何かが背中を覆い、右肩を強く引かれる。
「アーチャー!」
セイバーの抗議の声が聞こえた。
今度こそ、とどめを刺されるかもしれないと、戦々恐々としていた俺は、ごろりと仰向けにされ、アーチャーの左腕に支えられた。そのまま赤い外套でくるまれる。
「ア……チャ……?」
少し混乱して、視線を上げ、掠れた声で切れ切れに呼ぶと、目が合った。
「どういうつもりだ」
鈍色の瞳が冷たく見下ろしている。俺をいたわるような行動の温かさとは反対に、視線は絶対零度。
もう、泣きたい。
自分のしでかしたことにも、この状況にも……。
言葉を発すること自体が難しくなってきているのと、声がうまく出ないのと、ちゃんとした説明ができないことで、俺はやっぱり、何も言えなかった。
それでも視線を逸らすことはできず、睨み合いが少し続いた時、アーチャーが何かに気づいたように顔を上げ、視線をあちらこちらへ飛ばす。
そうして、俺はアーチャーの片腕に引き寄せられていた。頬が、その厚い胸板に当たる。
“主を守る”
それは、サーヴァントというものの習性なのだろうか。
セイバーも自らを盾にするように、俺に背を向け、片腕で庇うような姿勢を取っている。
だけど、今の俺はマスターでもなんでもない。セイバーとは一時期でも主従関係があったため、彼女がマスターでなくても俺を守ろうとする態度を取るのはわからなくはない。
けれど、こいつは違う。俺を憎み、殺そうとした。主従関係も一切なかった、なのに……。
(どうして俺を守ろうとするんだ……? いや、守るという表現は正しいのか……?)
俺はもう限界だった。まともな思考ができない。
(ごめん、アーチャー、セイバー、俺の身勝手で……)
言葉にもできずに、そこで、ふつり、と意識が途絶えた。
***
「よう、弓兵」
呑気な声が聞こえ、オレの少し後方に青い槍兵が立つ。そいつは、何か岩のようなものを引きずっていた。
その向こうには、長い髪の女、ローブを纏った女、和装の武士、そして、身に纏う空気さえ煌びやかで尊大な男。この男はいけ好かない。相性も悪い。要注意人物だ。
こんな奴らまで、と思わず舌打ちして腕の中の衛宮士郎を見下ろした。そして、ますます眉間に力が籠もる。
「この……っ、たわけが」
オレが唸ると、セイバーが振り返る。
「シロウ?」
セイバーが、ぐったりとしたこのたわけの肩を揺さぶると、こいつは僅かに目を開けた。
「い、きて……ほしか……、せ、せぇは、い……ない……、もどる……まえ、に、……すこ、し……じゆ、う……あれば……て……」
苦しそうな息で、衛宮士郎は声を絞り出している。
全く何を言っているのかはわからないが、言いたいことはわかった気がした。
他のサーヴァントたちにも伝わったのだろう、彼らはみな、一様に戸惑っている。我々は殺し合い、ともに戦ったマスターとは“死別”している。彼らに複雑なため息が蔓延するのも無理はない。
「シロウ……」
衛宮士郎がサーヴァント全員にそんなことを思っていたのはあり得ることかもしれない。
このたわけは、サーヴァントだからといって、特別扱いはせず、食事をさせ、普通の人間と同じように扱い、ともに普通の生活をさせていた。それをセイバーは体感し、オレは端で見てきた。
“自由に生きてほしい”
僅かな期間に関わり合った全てのサーヴァントに、敵味方関係なく衛宮士郎はそんなことを漠然と思っていたのかもしれない。
“みんな救う”
衛宮士郎の根底は、それだ。可能性はある。
“目に入る全てのものを救いたい”
エゴイズムの極致のような尊大な願い。
自らの力量を省みず願ってしまう、歪んだ性。たわけとしか言いようがない。
だから今、戦っていた七騎のサーヴァントがここに集まっている、衛宮士郎の固有結界に。
「雑種め……」
苛立った声とともに、輝くオーラを放つ英雄王がおもむろに右手を上げていく。
セイバーと青い槍兵・ランサーが身構える。少なくともオレ以外のサーヴァントは何かしらの防衛体制を整えたようだ。かくいうオレも防衛体制はとらないが、衛宮士郎の肩を掴む手に力が入る。
宝具を使おうとしているのは明白だが、おそらくそれはできないと踏んだ。だが、この英雄王のことだ、想定外のことも考えておく必要がある。
一瞬の間。
常ならば、古今東西の武器が飛び出すはずが、何も起こらないことに、英雄王は怪訝な顔をしている。予測通りで内心、ほっとした。
それをおくびにも出さず、
「当たり前だ、英雄王。今、我々は衛宮士郎の結界に閉じ込められている。すでに、マスターは居らず、聖杯もない。ならば魔力はどこから補っていると思う」
理路整然と言ってやる。
「まさか、その坊主か!」
驚いてこちらを見下ろすランサーにゆっくりと頷いた。
「そうだ、この衛宮士郎という、半人前以下の魔術師の魔力だけで、我々とこの結界は保たれている」
「チッ!」
舌打ちした英雄王は、少し離れて背を向けた。
つい先ほど、衛宮士郎に負けをつかまされたのだ、それはそれは面白くないだろう。
(ざまぁみろ、金ぴかめ)
つい、本音が溢れてしまう。この点だけにおいて、このたわけを褒めてやらなくもない。
「んで、どうすんだよ?」
ランサーが訊いてくるが、オレは肩を竦めるしかない。
「どうする、と訊かれても、私にはどうすることもできない」
隠すこともないので、正直に答えた。
「貴様ならどうにかできるであろう、その雑種と同じフェイカーなのだからな」
英雄王の鼻につく言い方にムッとしたが面には出さず、また繰り返すことにうんざりしながら、セイバーにも説明したのだが、と前置きをして呆れ顔で口を開いた。
「同じものを持っていても、使う人間が違えば別物だ。とかく魔力などという個人に帰依するものならば、なおさらな」
英雄王を静かに見据えて淡々と言ってやると、また舌打ちをして、今度こそ諦めたようだ。英雄王も魔力が無ければ手も足も出ないということか、と、ほくそ笑んでしまった。
英雄王から視線を動かすと、他のサーヴァントたちも解決策が思いつかないらしい、押し黙ったまま、それぞれに微妙な距離間を保っている。
ふとランサーが引きずってきた岩に目が行く。
「なんだ、それは」
「あ? ああ、これ、バーサーカーみたいだ。丸まってて動かねぇから引きずってきた」
「…………」
何も言えず、ため息をこぼす。こんな危険な奴まで、どうして、と思わざるをえない。いくら“みんな救う”思考だとしても、こいつをどうするつもりなのか……。
作品名:LIFE! 1―Hold back― 作家名:さやけ