LIFE! 1―Hold back―
そして、それを引きずってくる、青い男も、どうかしている……。
「魔力がなくて、動かねぇから、今のところは大丈夫だろ」
あっけらかんと言うランサーに、同意する気も起らず、その丸い岩のことは、頭から除外することにした。
とにかく、今、逼迫していることは、ここからどうやって出るか、ということだ。この結界には限りがあるはずだ。衛宮士郎がこのまま目を覚まさなければ、我々はどうなるのかもわからない。
(まあ、オレはどうなろうと、かまわないがな……)
自己犠牲の精神ではなく、投げやりな方の意味でだ。このまま消えてもいい。守護者に戻って殺戮を繰り返すのなら、消滅するのもいい。
「それにしても、固有結界を展開しておいて、なぜ、凛がいない?」
オレは消えようとしていた。目の前には凛がいた。彼女の再契約の申し出を断り、このたわけの行く末を頼み、消えようとしていたのだ。
「リンが傍にいたのですか?」
「ああ。凛に挨拶をして、私は消え去る直前に、ここに引き込まれた」
セイバーには率直に答えた。
「あなたが固有結界を展開した時は、一緒にいた私もその中に入りました。では、ここは、シロウの固有結界ではないと?」
「いや、間違いなく衛宮士郎のものだ。それだけはわかる。他にこんなものを持つ者はいないからな。ただ、少し違うのは、これは表に作られたものではなく、内側だろう。おそらくは、衛宮士郎の心象風景に取り込まれたと考える方が――」
セイバーが恨めしそうにオレを見ているのに気づき口を噤む。
「セイバー?」
「ああ、そうですね! ええ、そうでしょうとも。アーチャーは、シロウのことなら、なんでもわかっているのでしょうね!」
やけに刺々しい。
「っ、クッ」
背後で、吹き出すのを我慢した声が聞こえた。
「なんだ」
目を据わらせてランサーを振り返る。
「いや、いや、坊主ってば、モテんだなぁって……」
何を言っているのかわからない。なぜ、そんな感想が浮かぶのか。
「と、とりあえず、嬢ちゃんに頼んでみたらどうだ?」
ランサーが笑いを堪えながら提案してくる。その態度はいただけないが、その提案には耳を傾ける気になった。
「リンに、ですか?」
セイバーがランサーを見上げて訊く。
「嬢ちゃんが近くにいるはずだろ。だったら、どうにかして“外”に伝えるべきだ。坊主がここでもこんな状態だってことは、“外”でも同じようなもんだろ」
「ああ、確かに……」
的を射た意見に納得して、腕の中に目を落とす。そして、ぎくり、とした。
冷たい汗が噴き出る感覚と悪寒のようなものを感じる。赤い外套から覗く顔色は、生気が感じられないほどに青白くなっている。
「おい?」
先ほどセイバーが揺さぶれば、目を開けて言葉を発した。だが、今は頬を叩いても、ぴくり、とも反応しない。
「まさか、足りない魔力を、生命力で補っているのか?」
いや、本人にそんな意思はないのかもしれない。このたわけは取り込んだはいいが、その後のことは全くの無策だったのだろう。
(当たり前か……。咄嗟に身体が動いてしまった、という感覚だろうからな……)
衛宮士郎は確実に、そして急速に衰弱していくようだ。
「呼吸が弱い、アーチャー、迷っている暇はないようです!」
セイバーが早口でまくしたてる。
遠巻きにしているサーヴァントも動揺している。
このまま衛宮士郎が命を落とせば、自分たちはどうなるのか。
結界は消えるだろうが、自分たちのその先は?
座に戻れるのかも、確証はない。
巻き込まれて面倒だ、と彼らは思っているだろう。気の毒な奴らだと、オレもいささか同情してしまう、こんな身勝手な半人前に、と。
だが、オレの予想に反し、ローブを纏った魔女がこちらに近づき、
「遠坂凛にコンタクトをつければいいのね?」
と、妖艶な口調で言ってきた。
驚いてオレはその微笑を浮かべた魔女を見上げる。
「他の方がどうかは知らないけれど、私はこの少年の言葉が気に入りました」
そして、オレが支えている衛宮士郎の青白い頬を、身を屈めてそっと撫でたのだ。
ざわっと鳩尾あたりが震える。
(なんだ、この感覚……)
自分の身に起こった理解しがたい不快感に気を取られていると、セイバーが魔女・キャスターの手を払った。
す、と前の不快感が消える。
「キャスター! 何をするのです!」
「まあ、こわい」
クスクスと笑う魔女は、セイバーをからかっているようだ。
では、先ほどの言葉も気まぐれか……。
「自由に、とは。なんてすばらしいことを考えるのでしょう」
その口調は、今までとは違い、どこか寂しげな感じがする。
彼らには、前の衛宮士郎の途切れ途切れの言葉が、その想いが、届いたのだろうか。
“自由になってほしかった”
子供じみた正義感。
幾多の苦境を乗り越えてきた英霊たちが鼻で笑うような、ちっぽけで無力な少年の言葉が、彼らの心を揺さぶったのか、と、戸惑いを隠せない。
キャスターはあらためてセイバーの隣に膝をつく。
「この少年を助けたいのでしょう?」
セイバーは険しい顔で身構えていたが、キャスターの言葉に嘘はないと判断したのか、おとなしく彼女に場所を空けた。
左手を衛宮士郎の胸のあたりにかざしてキャスターは集中する。何度か首を捻りながら、凛の気配を探しているようだ。
「見つけました。……近くにいるわ、ランサーの言った通り。けれど、私では彼女に声が届かない」
「リン! リン!」
セイバーが必死に声を上げる。だが、キャスターは首を横に振った。
「私が試そう」
キャスターのかざす手に、自らの手をかざし集中する。彼女が捉えた遠坂凛の気配を追う。
(凛……、凛、気づけ、凛。君ならわかるはずだ!)
主従として過ごした数日の繋がりが自分と彼女にはある。
そういう意味ではセイバーとも繋がれるのだろうが、今セイバーは衛宮士郎の様子を見て冷静ではない。きっと雑念が多くて届かないのだろう。
イメージをふくらませる。
投影の初手の初手は、イメージからはじまる。
すでにそんなことを意識して投影など、オレも衛宮士郎もしないが、投影するには完璧な解析とイメージが必要だ。
それが衛宮士郎という魔術師の能力。イメージは、より正確な方が頑強で精度の高い武器に成り得る。
ならば、と自らの思念を細く細く研ぎ澄ます、クモの糸よりも細くそして頑丈に……。
キャスターの手をすり抜け、衛宮士郎の体内を通り抜け、そして、再び衛宮士郎の身体から“外”へ……。
『凛、私の声が聞こえるか?』
***
「まったく、なんだっていうのよーっ!」
両手で頭を抱えて喚いてみた。
聖杯戦争は終わった。セイバーがあの禍々しい聖杯をぶった切り、彼女は消え、そして、アーチャーも消えた。
――大丈夫だよ、遠坂。オレもがんばっていくからさ。
あの皮肉屋の口から出たとは思えない言葉、あの笑顔。
「あれは、士郎そのものだった……」
見上げる体躯、褐色の肌、白い髪。士郎とは全く異なる。
なのに、いつも上げていた前髪が下りて、最後に笑顔を見せたあの姿は、士郎そのものだとわかった。
作品名:LIFE! 1―Hold back― 作家名:さやけ