LIFE! 1―Hold back―
彼が士郎の成れの果てだと本当に理解したのは、その瞬間だった。
未来の英霊だと、自分の根源となる士郎を殺すのだと意気込んでいたあのサーヴァントが、士郎本人だとわかっていても、どうしてもそうだと思えなかった。だけど、あの笑顔を見れば……。
(最後にわからせるなんて、ほんと、ひねくれてる……)
もう消えてしまったと思っていたのに、アーチャーは、最後まで私を助けてくれた。
それから夜明けとともに、本当に消えてしまった。私がもう一度契約してって、言ったのに……。
「まったく、生意気なのよ、士郎のくせに!」
腹立ちまぎれに言って視線を落とす。眠ったままの士郎の額にかかる赤茶けた髪をそっと上げてみた。
あの笑顔が士郎だと思ったけれど、士郎があんなふうに笑ったのを見たことはない。それでも、わかったのだ、士郎だと。
「そっくりね、やっぱり」
目を閉じているからかしら、額を出すと、アーチャーと顔立ちは変わらない。
「でも、ちょっと幼いかなぁ」
くすり、と笑みがこぼれたのも束の間、また、ため息が出る。
もう、何度こうやってため息をこぼしたことか。あれから丸一日が経っている。士郎は目を覚まさない。
アーチャーが消えて、振り返ると士郎が倒れていた、片手で何かを掴むような格好のままで。驚いて抱き起すと、彼の意識はなかった。
「そりゃ、ギルガメッシュとやり合って、ボロボロだったんだとしても、ぶっ倒れるなんて、信じられない! 私がどんな大変な思いで運んだと思っているのよ。いい加減に目を覚ましてよね!」
倒れた士郎をどうにか衛宮邸まで連れ帰り、布団に寝かせ、その後は自分もそのまま、間借りした部屋で泥のように眠っていた。
目が覚めたのは夕方。とっくに起きているだろうと思っていた士郎は、まだ眠っていた。それも、寝かせた時と全く変わらぬ様子で。
「おかしいわ……、寝返りすらうたないの?」
胸をよぎる一抹の不安。思わず頭を振り、風呂場へと向かう。
「もう少しすれば、目が覚めるわよ、きっと!」
不安を消し去りたくて、大きめの声で言って、疲れと汚れを取るために入浴することにした。
風呂から上がり、居間に入ると、また気持ちが沈んだ。勝手知ったる台所で、ミネラルウォーターをコップに注ぐ。
ふと振り返った居間の静けさに、冷たい汗が背筋を伝った。
「なに、不安になってるのよ、私……」
飲み終えたコップをシンクに置いて、士郎の部屋へ向かう。つい早足になってしまう。
また汗が出る。暑くもないのに、こめかみを汗が伝う、冷たい、冷たい汗が。
士郎の部屋に入って、眠る士郎を見て、頭を抱えた。もう、自分の考えが及ばない事態に陥っているのは明らかだと認めた。
「イレギュラーな魔術師の士郎のことだから、何かあるのかもしれないとは思ってたけど、これは予想の範疇を超えすぎる案件だわ……。もう! どうすればいいのよ! ねえ! アーチャー!」
士郎の枕元に座り込んで喚いた。もういないサーヴァントに。
(託してくれたのに、私に、頼むって、あいつは言って、笑ったのに……)
涙が滲んでしまう。
(誰もいない、もう、誰も……)
ぎゅっと目を瞑って、涙を堪えた。
(泣いたりなんて、しないわ)
何もしないで、ただ、泣いているなんて、遠坂の名が廃るってものよ、と士郎の顔を見つめる。
「絶対、なんとかして見せるから、見てなさいよ、士郎!」
眠ったままの士郎に指を突き付けて宣言してやった。
一度、自宅に戻って魔術書を漁ろうと腰を浮かせた時、頭に声が響く。
『――、……の……が、……か?』
「この、声……」
途切れ途切れで、聞き取りにくい。
だけど、この声は忘れない。
『凛、私の声が聞こえるか?』
もう一度、今度は、はっきりと聞こえた。
「アーチャー! どこ? どこにいるのよ! 士郎が、士郎が目を覚まさないの! どうなってるのよぉ!」
聞き慣れた声を聞くと、安心してしまって、堰を切ったように言葉が溢れる。
『凛、落ち着いてくれ』
喚き散らす自分を窘める声がする。
(ああ、アーチャーだ。消えていなかったんだ……)
だったら、どうして姿を見せてくれないのよ。もう一度契約しようと言うのなら、二つ返事でオッケーなのに。
『凛、聞いてほしい。あまり時間がないから、要点だけ伝える。口を挟むのは、この状況を打開してからにしてくれ。今、我々は、衛宮士郎の内側にいる』
アーチャーに窘められて、やっと落ち着いて話を聞いていると、とんでもないことを聞かされる。思わず立ち上がって、なんでよ、と叫んでしまって、またアーチャーに宥められてしまった。
『私を含む七……、いや、八騎のサーヴァントを引きずり出してほしい。やり方は任せる。だが、君と繋がって会話ができるのは、私だけのようだ、私は衛宮士郎を解して君と繋がっているらしい。だから、まずは、私以外のサーヴァントを頼む』
「わかったわ。アーチャー、どんなやり方でもいいのね? とにかくあなた以外の七騎をこちらに出せば」
口端がきゅっと上がるのを自分でも感じていた。
何がどうなっているのか全くわからないけれど、今回の聖杯戦争で戦ったサーヴァントたちが、まだ存在している。
いい加減、頭にきた。昏睡状態に陥っている士郎には百年分の文句を垂れてやらなければ気が済まない。
「どうやって引きずり出そうかしら……」
向こうからの声、というか思念を飛ばすことができるのはわかった。でも、士郎の内側から英霊を引きずり出す、というのはどうすれば……。
「ええい、ままよ! どっちみち士郎なんだし、イレギュラーなんだし、ここに魔法陣を描けば、なんとかなるでしょ!」
士郎のシャツをめくり上げ、腹に指を触れる。水差しからコップに水を注ぎ、指に水をつけて、口中で詠唱しながら魔法陣を描く。
やがて士郎の腹の上の魔法陣が赤く発光しはじめた。
「いくわよ!」
袖をまくって、ズボッと腕を魔法陣に突っ込む。手に感じた“もの”を掴み、力任せに引っ張り上げた。
***
「どうなってる、通じたのか?」
ランサーが腰をかがめて訊いてくる。
「ああ。凛に全てを託した。あとは向こうでどうにかしてくれるだろう」
少々の不安は残るものの、大丈夫だ。うっかりしているところはあるが、彼女は優秀な魔術師だ。
しかし……。
ふと腕の中で弱々しい呼吸を繰り返す衛宮士郎に目を向ける。
どうしてこんなことをしたのだろうか。
甚だ疑問で仕方がない。なぜ、サーヴァントを自身の結界に留めようなどと……。
考えはじめて、馬鹿らしくなってきた。
(このたわけの考えることなど、わかりたくもない)
少しムッとしながら、顔を上げると、セイバーが何か言いたげにしている。
「どうしたセイバー、何か気になることでも?」
「う、うう……」
「セイバー?」
彼女が何かを言おうとしているのはわかるが、何を言いたいのか、察することができない。
「う……、ど、どうして、アーチャーが士郎をずっと抱えているのですか!」
「は?」
予想外も予想外で、突拍子もないことを不満げに言われ、何も言葉が浮かばなかった。
作品名:LIFE! 1―Hold back― 作家名:さやけ