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LIFE! 5 ―Sorry sorry sorry!―

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 顔を洗って、そのまま頭から水を被った。
(おかしい、俺はどこかおかしい……)
 頭を冷やして、とにかく冷静にならなければならない。
 床に跳んだしぶきは後でちゃんと拭くから、と心で言い訳して、頭の中まで冷やそうとしていた。
(どうしよう!)
 今日から三連休で学校は休み。遠坂たちも来ないらしい、休み明けまでアーチャーとこの家に二人きりだ。
「どうしよう……」
 水を止める。髪を濡らした水が頬を伝い、落ちていく。
 髪から落ちる雫、さっきの地面に落ちていった染みを思い出す。
 片手で目を覆った。
「ほんとに、なにやってるんだよ、俺は!」
 羞恥とともに苛立ちが募る。
 訳もなく泣いたりなんかして、どんな顔をして、アーチャーと顔を合わせればいいのか……。
「はぁ……」
 大きなため息を吐いて、顔を上げる。鏡に映る自分の瞼が少し腫れぼったい。
「仕方ない……」
 すでに、泣き顔を見られているのなら、隠すこともないか、とタオルを取って顔を拭いた。髪から滴った水が首を伝ってきて、震える。
「さむ……」
 自分の考え無しにもうんざりした。春っぽいうららかな陽光が注いでいても、まだ気温は十度を少し上回る程度だ。
 頭を拭いて水気を取り、雑巾を出してきて床をふく。洗面所の水気を綺麗に拭きとってから、服の襟まわりが濡れていることに思い至った。
「着替えないと、風邪ひくかな……」
 一人呟いて、洗面所の戸を開ける。チャコールグレーのシャツが目に入った。
「マスター、濡れて――」
「うん、大丈夫だ。着替えるから」
 アーチャーの言葉を遮り、伸びてきた手が見えて、慌てて首にかけていたタオルを頭から被り、その脇をすり抜けた。
 感じの悪い態度だってことはわかってた。けど、余裕であいつの言動をかわせるほど俺は大人じゃない。
 アーチャーが気の毒だと思う、こんな半端なマスターで。本当に申し訳ないと思う。
 自分の部屋に入って襖を閉め、どっと疲れて膝をつく。
「ちゃんとしろ、衛宮士郎……」
 声は出たけど、震えていた。
 項垂れてタオルの端を掴んで唇を噛みしめる。
 俺は、あいつのマスターとして、あいつが後悔しないように努めなければならない。これは、俺が願った身勝手に対する、俺の責務だ。
 あいつが、今が一番幸せだと言えるように、俺はあいつを幸せにしなければならないんだから。



***

 衛宮邸の門を出て、近くの路地に入る。辺りの気配を探った。人の気配も視線もない。
「いけるか?」
 自身に呟く。さいわい四日前に魔力を補給している。霊体化はどうにかできる。
(よし)
 頷いて、自身の手が透けていくのを見つめ、完全に姿を消した。そのまま衛宮邸の屋根へ上がり、マスターの部屋の上へ移動して、耳を澄ます。
 物音はしない。静けさの中に、マスターのため息が聞こえる。
「しっかりしろ……こんなんじゃ、ダメだ……」
 独り言のようだ。静かな声であることから、落ち着いたのだろう。ほっとして縁側へ下りた。
「アーチャー、ごめんな……」
 呟きが聞こえる。
(何を謝っているのか……)
 その理由すらオレは訊ねることができないでいる。マスターが謝るのはなぜだと、一言でいいはずなのに、言えない。
「……っ……、っく……」
 嗚咽が聞こえた。障子越しに聞こえる、堪えるような、か細い泣き声が痛いと思った。
(泣くな、泣くな……マスター、頼むから……)
 泣かないでくれと必死に願う。
 聞き届けられることのない願いには慣れているはずなのに、こんなに痛いのは苦しい。
 こぼれていく嗚咽を聞いていられず、障子を通り抜けると、部屋の隅で胡坐に手をついたまま項垂れて泣くマスターがいる。いくつもの雫が鼻筋を伝って足や畳に落ちていく。
(抱きしめたい……)
 抱きしめて、泣くなと背中を撫でて、涙を拭ってやりたい。
(だが、マスターはそんなことを望んではいない……)
 そっと傍に膝をついた。小刻みに震える赤銅色の髪に口づける。
(泣かないでくれ、マスター……)
 ぴく、とマスターの頭が揺れた。顔が少し上がって、琥珀色の瞳が見える。瞼が腫れている、鼻も真っ赤だ。
「アーチャー?」
 驚いてマスターの部屋を出た。
「いるわけ、ないよな……」
 マスターの呟きが聞こえた。
 完全に気配を消していたはずなのに、オレに気づいたのだろうか?
 少しだけ、うれしいような気がした。
 屋根に上がり、春霞の空を見上げる。
(すっきりしないな……)
 空に向かって思ったのか、自分に向けて思ったのか。
(マスター、笑ってくれ……。夕焼けの中、並んで歩いたあの時のように、時を忘れるような、あの笑顔を、オレに見せてくれ……)
 テレビを消すタイミングも、家事の段取りも、そんなことは嫌というほどシンクロするのに、オレはマスターの気持ちも考えていることも汲み取れない。
(元は同じであったはずなのに、どうして、オレたちはわかり合えないのだろうな、マスター……)
 自嘲の笑みが浮かんだ。



***

「アーチャー、何か手伝おうか?」
 夕食の準備に取り掛かる上背のある背中に訊くと、こちらを振り返り、やや考えてから、トマトの湯剥きを頼んでくる。
(今日はパスタか)
 いつもは大食漢がいる衛宮家の食卓がこの連休は二人だけ。冷蔵庫の中の半端な残り物をアーチャーは片付けるつもりなのだろう。
 休み明けからはまた大食漢が戻ってくるはずだから買い物も行かないと。米とか調味料とか、重量級の食材がなくなっている。
 明日は二人で買い出しに行かなきゃな、アーチャー一人に任せるのは酷だし……。
(しっかりしろよ。二人で買い物なんて、いつもやってることなんだから!)
 自分を叱咤激励して、茹だった鍋にトマトを放り込んだ。
 相変わらずのポーカーフェイスで、アーチャーは黙々と調理を進めている。いつ見ても手際がいい。
「それ……」
 思わず手元に見惚れて、つい声が出た。こちらに目を向けるアーチャーに、冷汗が出る。
「あ、ああ、いや、そうやって筋取るのかって……、思って……」
 曖昧に笑って、トマトの入った鍋に向き直る。エンドウの莢の筋を気持ちいいくらいに綺麗に取っていくその手元に、つい見入ってしまった。
(気まずい……)
 ため息をつきそうになって、慌てて飲み込む。
「筋が残ると、食感が悪いからな」
 淡々と答えるアーチャーに、そうだな、と頷く。
 今朝のことなど何もなかったように接してくれることはありがたい。
 だけど、胸の真ん中は少し重かった。
(何もなかったように……)
 俺が泣いたところで、アーチャーにはなんの問題も生じない。そんなことに動じる彼ではないだろう。
 なんだか、考え方が卑屈になってきている。
(しっかりしろ、俺……)
 重たい気持ちを、面には出さない。
 下手なことをして、これ以上ギクシャクするのは避けたい。
 息を吸って、いつも通りの声で、明るく楽しく、他愛ない話をアーチャーとする。
(そうだ、いつも通り、何も変わらない。俺はしっかりしなくちゃいけない、アーチャーのために)
 何度も自分に言い聞かせた。