二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

LIFE! 5 ―Sorry sorry sorry!―

INDEX|4ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 食事を終え、後片付けをして、ぼんやりテレビを見ていたら、俺のすぐ右後ろにアーチャーが座った。
「なに?」
 振り返って訊いてみる。
 いつもなら、片付けと同時に軽く翌朝の仕込みを始めるアーチャーが、足を投げ出してテレビの方に身体は向いているが、さほど見入っているわけではない俺の側にいる。しかも、正座をして。
「マスター、そろそろ、いいだろうか?」
 意味がわからず、首を傾けると、
「今朝のことだ、マスター」
 驚いたまま、アーチャーの真面目な顔を凝視していると、いや、とアーチャーは続ける。
「今日の夕食まで、ほぼ半日のことだな」
 アーチャーの言葉を頭の中で反芻する。
(今日の夕飯まで……、半日……?)
 背中を冷たい汗が流れた。
 自分の部屋に戻った後も、俺は結局泣いてしまった。
 必死に声を殺して、こいつに気づかれないように。
 昼食をどうするかと訊かれたときも、テスト勉強に没頭したいと言って部屋を出なかった。
 それなら用事があるから出かけてくる、とアーチャーは家を出た、はずだ……。
「まさか……」
 血の気が引いていく。じっと俺を見据える鈍色の瞳を見て確信した。
 こいつは俺を見ていたんだ。姿を消して、気配を殺して。
 俺があれから泣いていたことも、その後に保冷剤で目の腫れを押さえていたことも、全部、全部……。
「ちょっ、あんたなっ、それは、……っデリカシーってものが、」
「マスターが隠すからだ」
 俺の言葉を遮り、きっちりと指摘してくる。
(言えるわけない……。あんなの、俺の甘えだし、泣いた理由なんて、正直わからない!)
 鈍色の瞳から逃れるように視線を逸らした。
「私はマスターを守る存在だ。マスターが泣くようなことは、決して――」
「俺はマスターじゃない!」
 アーチャーは黙った。
 確認はできないけど、きっとアーチャーは不機嫌な顔をしてると思う。自分でも言ってることが矛盾してるって、わかってる。
 だけど俺は、マスターだけど、本当のマスターじゃない。だって、本当のマスターなら、あんなことさせなくても、アーチャーを現界させることができるはずだ。
「俺は、まともに魔力も与えられない。あんたより物知りでもないし、教えてもらうことの方が多い。マスターなのに、俺は少しもそれらしいことができない。その上、あんなやり方でしか魔力を供給できない。あんたにあんなことまでさせて、俺は……」
 声が震える。アーチャーに完全に背を向けて、畳に視線を落とした。
「マスター?」
「俺は、契約はしたけど、あんたのマスターには、なれない……」
 テレビの中で芸人が笑いを取っている。テレビの中は笑いの渦だ。ここはこんなに空気が重いのに……。滑稽な音楽、笑い声、重苦しい居間に響く、テレビの中の音……。
(滑稽なのは、俺じゃないか……)
 自分のことが可笑しくてたまらない。可笑しいはずなのに、涙が出そうだ。
「マスター……」
 ぐ、と歯を喰いしばった。
「だから! 俺はマスターなんかじゃない! まともなマスターなら、あんなことをあんたにさせることなく維持できる! 俺じゃダメだ! 俺じゃ、あんたを自由になんて、幸せになんて、できない!」
 自分で言って、泣きそうになっている。
(悲劇のヒロイン気取りかっての……)
 自分に呆れる。
 一つ息を吐いた。
 それから、アーチャーに向き直った、ちゃんと俺も正座して。顔は上げられないけど、そこは勘弁してほしい。
「ごめん、俺のワガママに付き合わせて。ちゃんと方法を考えるから、それまでは、悪いけど、俺で我慢してくれ……」
 アーチャーは何も言わない。きっと呆れているんだろう。俺がしでかしたことなのに、こんな結果になってしまって、本当に申し訳ない。
 沈黙に耐えかねて、極力明るい声を選んで言った。
「あー……っと、休み明け、遠坂に頼めるか訊いてみる。ここにいてもなんだし、聖杯戦争も終わったんだから、現界できるだけの魔力さえ補給できれば、」
「マスター!」
 両腕を掴まれて、言葉を切る。
 アーチャーの声は怒っているように聞こえた。それはそうだろう、今まで魔力供給のために、あんなことまでさせられたんだから。
(もう、ダメだ。もう、このままじゃいられない。アーチャーを俺のワガママに付き合わせるわけには、もう……)
 諦めることを考えはじめてしまえば、頭の中も、気持ちも何もかもが振り切れてきて、少し余裕ができた。
「マスターなんかじゃない」
 俯いたまま、というのが情けなかったが、ぼそり、と否定した。
「何を言っている、私のマスターになったのだろうが!」
 アーチャーに掴まれた腕が痛い。
「俺の話、聞いてなかったのか? 俺はマスターなんて呼ばれるようなものじゃない! 代わりを探すから、少し待ってくれって、言ってるんじゃないか!」
「マスター……」
 声に怒りを滲ませて、アーチャーが俺を持ち上げ、無理やり膝立ちにさせられる。痛いほど俺の腕を掴んで、正座したアーチャーは下から見上げてきた。
「自分で望んだのだろう、サーヴァントを、私を留め、て……」
 目が合ったんだと思う。
 けれど、俺にはわからなかった。怒っているだろう、その表情すら、読み取ることができない。
 涙が俺の視界を塗り潰してしまった。
「マ……マスター、どうして、泣いている……」
「違う、マスターじゃない」
「泣く訳を、聞かせてはくれないだろうか?」
「拒否する」
 小さくため息をついたアーチャーが困っていることはわかってる。だけど、説明なんてできない。俺自身が、何もわからないんだから。
 沈黙が流れる。こぼれた涙がどこに落ちるかわからない。二の腕を両方掴まれて、膝立ちの状態で涙を拭いたくてもできない。アーチャーのシャツを濡らしてはいないかと不安になって、口を開いた。
「放せよ」
「マスター、訳を、」
「拒否するって、言っただろ! マスター、マスターって、俺は、マスターなんかじゃない!」
 頭に血がのぼる。
 本当に頭にきた。
 何回言ってもわからない、この大バカサーヴァントに。
「マスターならあんなことをさせなくてもいいはずだ! ヘロヘロになって、ぶっ倒れるまで気づいてやれなくて! やりたくもないことやらせて! そりゃ、そうだよ、好きでもない、しかも同性なんか、誰だって嫌だろ! 俺が無理やり引き留めただけで、あんたは消えたかったのに、俺が契約なんてしたから、あんなことまでやらされて! 俺が……っ、無理やりっ……、っから、俺には、あんたのマスターをやる資格なんてな――」
「士郎!」
 アーチャーの鋭い声に驚いて、言葉を呑んだ。
 いや、その声だけじゃない、今、俺の名まえ、呼んだ、のか?
 興奮して喚いていたから、よくわからなかった。
「士郎……」
 今度はちゃんと耳に届く。低くて甘い声だと思った。
「泣くな、士郎」
 わからない。
 どうしてそんなふうに優しい声が出せるのか。
 どうして俺の涙を唇で掬うのか。
 俺の名を呼ぶアーチャーの声に、こんなにも涙があふれてしまうのはなぜだろう?
「代わりなど要らない。士郎がオレのマスターだ」
「……っ、なん……だよ、っ……なに、……言って……か……わか……っな……」