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LIFE! 5 ―Sorry sorry sorry!―

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 なに言ってるのかわからないのは俺の方だ。
 アーチャーが頬に触れる。涙を拭われて、抱き寄せられた。アーチャーの肩に乗っかるように顔をうずめると、涙が止まらなくなった。
 ヒクヒクと喉が引き攣る。声こそ上げなかったけど、もうボロボロで、もう取り繕うこともできなかった。
 ここまで来たら、晒すだけだ。
 俺は泣きたかったのだろうか。
 こんなにもこいつに甘えて、俺はいったい何をやってるんだ。これだからマスター失格なんだ。
 背中をさすってくれる掌が温かい。そういえば、俺、こんなふうに泣いたことはほとんどなかった。引き取られた当初は精神的に不安定だったけど、そのうちに、泣いたりして困らせてはいけないって、思うようになっていた。親父に拾ってもらったんだから、俺はずっといい子で、ちゃんとしてないとって……。
(俺、アーチャーに親父を重ねてたのかな……。ほんと最低だな、俺は……)
 申し訳ない気持ちでアーチャーに腕を回した。こんな中途半端な体勢で、厚い胸板のこいつの身体に俺の腕は回りきらなくて、シャツを握りしめることができただけだ。
(ごめん、ごめん、ごめん……)
 俺の頭の中は謝罪でいっぱいだった。
「何を謝っている?」
 たぶん、マスターとサーヴァントっていう関係上、俺の謝罪が筒抜けになってしまったみたいだ。すんっ、と一つ鼻をすすって、
「ぜんぶ」
 と短く答える。
「よく、わからないが?」
「わからなくていい。俺が全部悪い……」
 すべては俺が願ってしまったからだ、こいつと一緒に生きたいと。
 それが謝罪するすべての根源になる。そこから派生する、いくつものこと全部、謝らなければならないことだらけ。
 俺は本当に、考え無しだった。今さら思い知っている。
 後悔なんてしたことがなかった、こいつに会うまでは……。
(はは……、アーチャーは、俺に後悔がどういうものかって、教えにきてくれたのかもな……)
 力が抜けていく。
 何もかも、手放さなければいけない。アーチャーをもう縛ってはいけない。
(もう、こんなこと続けちゃいけない……)
 ズルズルとアーチャーに回していた腕が落ちていく。畳まで沈んでしまいそうな身体を逞しい腕が引き寄せた。
「アーチャー?」
 苦しいほどに抱き込まれて、身動きができない。
「なに、してるんだ?」
 アーチャーの顔が窺えず、何を考えているかわからない。いや、顔を見たところで、こいつのポーカーフェイスを読み取るスキルは俺にはない。
「士郎……、しばらく、このまま……」
 少し掠れた声が聞こえて、仕方がないから俺はじっとしていることにした。
 アーチャーの身体は温かい。
(よかった、魔力、まだ減ってない……)
 数回の供給で知ったことだけど、魔力が不足してくると、体温が下がっていく。魔力を供給するときは、手なんか既にひんやりしている。アーチャー自身は気づいていないのかもしれないけど、俺にはわかる。なにせ冷たかった手が供給の後にはホカホカになっているから。供給後に俺の身体を気遣って、アーチャーはやたらと触ってくるから、気づいたことなんだけど……。
 まあ、こんなことも、あと少し。遠坂に相談して、いい魔術師を紹介してもらおう。
「士郎、代わりは要らない」
 また思っていることが流れてしまったのか、とため息をつきたくなる。答えずにいると、さらに腕に力が込められた。
「オレのマスターは、衛宮士郎だ」
 はいはい、今だけな。最悪の場合、令呪を使って……。
「令呪を使わせたりしない」
 だから、なんで、思ったことが流れていくんだ……。
(いやな、現象だな……)
 小さくため息をこぼす。
「他の者と契約するくらいなら、消えた方がいい」
 びく、と震えてしまった。
(消える? アーチャーが消えるって……?)
 動揺を隠せない。
 知らず、自分の身体を引き寄せていた。アーチャーに抱き込まれているせいで、脚を折ってくることしかできなかったけど、これ以上、身体が震えないように、全身を強張らせた。
 その選択もある。ここに留まらず、アーチャーは、自分のあの世界に還る。
(もう二度と俺とは会うこともない……)
 その方がいい、俺を見ても苛立ちしか感じないだろう、こんな、過去の自分……。
 両手で口を押さえ、震えながら嗚咽を飲み込む。
「士郎?」
 俺の様子がおかしいと思ったのか、アーチャーが腕を緩めて顔を覗き込んでくる。
 鈍色の瞳が俺を見つめてくる。その顔を驚愕しながら見上げた。
「消え……」
 声なんてろくに出ない。血の気が引いていく。
(消えたら、嫌だ……)
 俺の思った、こんなことまでが流れてしまったのか、挑むような目をして訊かれる。
「オレのマスターでいるか? 士郎?」
 まるで、脅迫だ。
 さもなければ、消えてやるって、言外に言ってるようなものだぞ、この人でなし。いや、厳密には人じゃないんだろうけど……。
「士郎、マスターでいるのか?」
 鈍色の瞳が鋭く光る。
 縛ってはいけない、俺ではアーチャーを幸せにはできない、自由にしてやらなきゃだめだ。言わなきゃ、できないって。俺がマスターじゃダメなんだって、言わなきゃ。だけど、だけど……。
(嫌だ……、アーチャーが消えてしまうのは、嫌だ!)
「士郎、どうなんだ? 消えてもいいのか?」
 びく、とまた身体が震えた。
(言わなきゃ……、ちゃんと。ダメだって、できないって……)
 なのに、声が出ない。
 どうして消えてもいいか、なんて俺に訊くんだ。そんなこと、俺に訊く必要なんてないだろう。アーチャーの意思なんだから……。
「士郎、答えないということは――」
 言いながらアーチャーは俺から腕を放す。解放されて、ぐらつく身体を、畳に手をついて支えた。
「……そういうことなのだな」
 アーチャーが立ち上がろうとする気配がする。咄嗟に腰を浮かせて手を伸ばし、触れたシャツを掴んだ。
 自分の行動が理解を越えている。顔を上げると、静かに俺を見据えるアーチャーのポーカーフェイスが見えた。
「……わかっ……っ、……っ……、っ……い、い……る……、マすっ、マス……っ、タ……で、ぃ、い……る……っ……」
 アーチャーに答えたと同時に、涙の粒が、いくつもこぼれ落ちる。アーチャーが驚いたような顔をしていた。
 その顔を見ていられなくて項垂れる。こんなにみっともなく引き留める奴なんて、と呆れたはずだ。アーチャーのシャツを掴んでいた手から力が抜ける。どのみち、俺の許にはいなくなる。こんなマスターでは、やっていられないだろう。
 畳に落ちた手を握りしめた。
 何も掴めない俺の手は、ただそこにあるだけで、諦めなければいけない現実を受け入れるために、自分の方へと引き寄せる。俺の頭が通る畳に水滴がポトポト落ちる。
 アーチャーの膝先から俺の膝元まで、点々と水滴が道を作った。これが自分の涙だと思うと、情けなくなる。
 浮かせた腰がぺたりとついて、座っているのもやっとだった。早く自分の部屋にでも籠りたい。早く一人になりたい。一人になって、何も考えずに眠ってしまいたい。
 アーチャーは、まだ立ち去る気配がない。俺がマスターでいる、と言ったからそこにいるんだろうけど、もう放っておいてほしい。