それはまるで雪解け水のように
「総督ともあろうお方がこの様な場所にお一人とは……お仲間はどうされたので?」
そいつ等は言いながらゾロゾロと俺を取り囲むように向かってくる。
「だんまり…ですか。…おや、怪我をされているようで。…ここで貴方に巡り合い、しかも手負いとは…天は我らに微笑んだと言う事ですかな」
耳障りな声で笑う相手に苛立ちを覚えゆったりとした動作で刀を握り立ち上がり口を開く。
高「…てめぇらの目的は俺の首か?」
「お察しの通りですよ。組織ごと消し去る算段でしたが…頭の首を取れるならこれほど嬉しい事はありませんよ」
数は25……否、30程度…か。
高「へぇ……その程度の人数で俺の首を取る…と。…クククッ…俺もナメられたもんだなァ…」
「この人数相手にそのような軽口を叩くとは…いやはや、流石です。…しかし、お喋りもここまでにしましょう。…この雪を貴方の血で真っ赤にして差し上げますよ」
高「白を赤に染めるのは結構だが…それはお前らの血だ。……来いよ」
その言葉を合図に次々と敵が向かって来る。
…俺ァ辺り一面真っ赤になろうがお構いなしに刀を振り続けた。
この虚空感を振り払うように…――――。
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高杉と別れた後、俺は真っ直ぐ万事屋に帰って来た。
…何であいつはあんな所に居たんだ。
俺の刀傷残した状態で、ましてやこの寒い日にあんな格好のまま…。
銀「……何であいつは…何度突き放しても俺の前に立ち続けるんだ」
電気もつけず暖房も入れない部屋に響くのは己の声だけ。
銀「昔からそうだ。道場破りに来た時も俺は何度だってあいつを倒してきた。攘夷戦争の時も危険な場は遠ざけ、今この立場になってからもずっと…」
靴だけ脱ぎ外から帰ってそのままの格好な為か首に巻いたマフラーだけが温もりに感じ、無意識にマフラーで口元覆うように埋めた。
銀「あいつは…寒い思いしてんのかな」
言葉と同時に吐き出された白い息を見てハッとした。
っ……
あぁ…駄目だ。あいつの目を見ると決心が揺らぐ。
何のために今まであいつを突き放してきたんだ。
何年も…何十年もかけて…。
餓鬼の頃、あいつが俺の前に何度も現れ何度も打ち負かしてるうちにふと思ったんだ。
”俺はいつかコイツを傷つける”
だからと思って極力遠ざけてきた。…大切な誰かを失うのはもう沢山だ。好きな奴なら…尚更。
現に俺はあいつの身体に沢山の傷をつけてきた。…さっきだってそうだ。身体に巻かれた包帯がその証。
銀「高杉……」
相手に届くはずもないその言葉を紡ぐと、騒がしく階段を駆け上がってくる音が響いた。
銀「誰だ…こんな時間に」
徐に立ち上がり気だるげに歩きながら玄関へと向かう。
扉が見えた頃尋ね人がドアをドンドンと叩き叫んだ。
「居られるか!」
その声に眉間にシワ寄せドアを開ければ見覚えのある顔の持ち主が居た。
銀「てめぇは…」
名前を言う間もなく胸倉を掴まれバランスを崩した俺はそのまま床へと押し倒された。
銀「っっ………、何しやがんだ!」
万「お主!晋助の居場所を知らぬか…!!」
銀「は…?高杉…?…開口一番それかよ」
万「知らぬのかと聞いている!答えろ!!場合によっては貴様を…!!!」
銀「てめぇは人の話を…聞け…っ!!」
舌打ちと同時に相手の腹部を蹴りつけ手荒に退かすと吹っ飛んだ相手はドアにぶつかり咳き込む。
その様子を眺めながら身体を起こし苛立った表情で相手を見つめ
銀「…何でてめぇが此処を知ってんだ。」
万「…っ、そんなもの…調べれば簡単でござる…」
銀「あっそ…。で、わざわざ調べてまで此処に来たって事は何、俺の事斬りに来た訳?高杉がどうののか言ってたけど」
万「…!?斬られる心当たりでもあると言うのか!」
銀「いちいち五月蠅ぇ奴だな…。無ぇよ、んなもん。…だから刀納めろ」
サングラス越しでも分かる殺気漲らせ刀握りしめる相手にそう告げると渋々納め、次第に落ち着きを取り戻し口を開いた。
万「……いきなりの訪問…数々の無礼を詫びる。…主に聞きたい事がある故、聞いてもらえぬか」
銀「…用件は?」
万「実は…晋助が出掛けたきり帰ってこない。いつもなら此処まで心配などせぬ。…だが今の晋助は本来なら歩き回るなんて出来ぬはずの身体」
銀「……だろうな」
自分がつけた傷の深さくらい自分が一番よく分かってる。…小さく呟いた言葉に相手も一瞬反応するもそれに対しては何も言ってこずに言葉を続ける。
万「それに、最近鬼兵隊を敵視している天人共がここらをうろついているとの情報が入っている。それも雑魚ではなくそれなりの相手…らしい。考えたくはないが正直、今見つかり戦闘にでもなれば晋助には荷が重いどころの話ではない。…最悪の場合だって…あり得る。だからお主、晋助の場所を……。…?…白夜叉…?」
…は?狙われてる?高杉が…?あの怪我を負っている身で…追われてる?
ヤバイ……っ
俺は万斉の言葉を聞いて血の気が引いた。
銀「おい、お前!鬼兵隊の船は今何処だ!」
万「い、今はここから近い港に…」
あそこか…なら担いだ方が早い…最も、まだあそこに居るなら…だが。
銀「ならお前は船へ戻れ、そんで医者の準備をしておけ。良いな、俺があいつを必ず連れて行く」
それだけ言い放ち慌ただしく万事屋を出た―――。
万「は…、おい、白夜叉、晋助は一体どこに…!!!……行ってしまった…のか?」
一人取り残された万斉は状況を理解するのに数分要したものの、銀時の言葉を信じ言われた通りに船へと走った。
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外の気温など気にならない程夢中に走る。
何故新手の気配に気づかなかった、帰路を歩んでいる最中に何処かですれ違ったのではないか。
いや、気づけない程自分の事しか考えていなかったんだろう…。
自分を殴りたくなる衝動に耐えながら気づけば数時間前に高杉と会った場所へとたどり着いた。
銀「はぁっ…どこ、行った…」
あたりを見渡せば屍の山々や積もり始めた雪の中に赤いものが見える。
恐らくここで殺りあったのだろう…
そうとなれば近くに居るはずだ、例え高杉でも無傷で戦える状況ではない。
あの傷ならそう遠くへは行けないだろう…
しかしまだ敵が居るとも限らない、大声は上げないようにどうにか手がかりを探しながら再び走り出した。
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その頃――――。物陰に身を潜めていた高杉は意識を失い何時もの夢を見ていた。
目の前には銀時の背中、手を伸ばしても届かず、相手は先へと進んで行く。
俺が何度声を掛けても、何度叫んでも止まることのない歩み。
行くな、銀時。俺を置いて行くな…、銀時…
高「…っ、と、き…」
ズキン――――
鋭い痛みに朦朧とした意識が若干引き戻されるものの、未だ瞼は開かない。
高「く…な……、ぎ、…とき……っ」
血の跡を辿って来た銀時は漸く高杉の姿を見つけるも傷だらけのその姿に青ざめ駆け寄る。
作品名:それはまるで雪解け水のように 作家名:棗-なつめ-