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瑕 6  昔語りをしようか

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 悲鳴と怒号、子供の泣き声、呻き声、断末魔、血の臭い、火薬の臭い、恐慌に陥った人間の狂気が、その小さな学校で荒れ狂った。
「やめろよ……、やめろ! やめろって!」
 俺は混乱していた。
 避難者とともに逃げ惑うボランティアと、それを的にして銃を放つゲリラ軍。恐慌状態だったのは彼らだけじゃない、連合軍も突然の襲撃を受けて、寝耳に水なのは同じだった。ゲリラなのか味方の兵なのかも判断がつかず、自分たち以外の武器を持つ人間は撃つ始末だ。
 俺は無力だった。何もできない。誰も助けられない。逃げ惑う人々を、へたり込んで見ているだけだ。
 目の前で赤ちゃんを抱えた女の人が倒れた。頭を撃ち抜かれていた。顔の半分は破裂したように壊れている。その人の抱えた赤ちゃんは、母親に下敷きにされたのに、泣きもしない。よく見ると、もう、息絶えていた。
「なんで……?」
 ワケがわからない。どうして殺し合うのか。
(同じ人間だろ? 誰の許しで、罪もないこの母子を殺すことなんて、できるんだ?)
 銃声は止まない。
 悲鳴も止まない。
 ここは、地獄だ。
「やめろ――――――っ!」
 絶叫とともに剣製していた。
 俺はスサノオの忌神としての力を全開で解放していた。
 渦を巻く黒い靄が立ち上る。
 剣はあらゆる兵士に向けて飛んだ。敵も味方も連合軍も見境なく剣は襲った。
 黒い靄が銃を腐らせていく。避難者も支援者も、忌神の不浄に当てられ、気を失い、倒れていく。
「やめろ……、やめてくれ……」
 天を仰ぐ。
「なんで、どうしてっ、殺し合う……」
 ――衛宮士郎、落ち着くのだ。このままでは、罪なき者も、命を落とす。
「ス、スサノ」
 ――ならぬ!
 びく、と口を閉ざす。
 ――我の名を口にしてはならぬ。
「あ、あ……、お、お、……れ……」
 ――落ち着けば良いのだ。目を閉じて呼吸を。息を吐くのだ、衛宮士郎。
 スサノオの声に従う。
 ひく、ひく、と喉が引き攣る。苦しい。息を吸っても吸っても、楽にならない。これが、過呼吸だと理解したのは、後になってからだ。
 ――息を吐け。
 勝手に手が動いて、俺の口を塞ぐ。
 ――吐け。
 内なる声に耳を傾け、目を閉じる。
 そのまま俺は意識を失っていた。
 目を開けたのは、テントの中。
 地面に敷かれたシートの上に寝転んでいた。消毒液の臭いと血の臭いが充満している。
 身体を起こして確認すると、俺は無傷だった。
 スサノオが銃弾を防いでくれたのだと思う。手当の必要がないのなら、医療テントにいることもないから外へ出た。
 あの小学校は昨夜のまま、遺体もそのままだった。その光景に背を向ける。
 俺は、自分がしでかしたことを、やっと理解した。
(一般人相手に、魔術を使った。この力で、俺は人を殺した)
 掌を見てみる。
 傷はない。一滴の血もついていない。
 なのに、なんて容易く、俺は人の命を奪ったんだ。
「ぅ……、っ……」
 激しい吐き気に襲われ、口を覆い、しゃがみ込む。
 堪えきれず、吐き出した。出る物がなくなっても、吐き気が止まず、苦い酸を吐き続ける。
 涙が滲む。身体が反応しただけだ。泣きたいわけじゃない。泣いていいのは、俺じゃない。
 吐き気も罪悪感も拭えないまま、医療チームに急かされるままに、動ける支援者の生き残りはいったん帰国させられることになった。物資輸送の飛行機に便乗させてもらい、俺はその紛争の地を離れることになった。
 帰国することに異存はない。俺の精神状態も少しまずい気がしていた。
 加茂家でスサノオがおかしくなっていないかも見てもらう必要があるとも思った。
 とにかく早く家に戻ろうとしていたその飛行機が、撃墜された。
 俺が人の命を奪ったことを、こんなことで償えるなんて思わない。
 だけど、これ以上、死なせたくない。
 飛行機は真っ二つになったみたいだ。後方の座席にいた俺に、前半分が無くなった穴から空が見えた。
 後部から落下していく飛行機。シートにしがみついていた人たちが力尽きて、その穴から空へ消えていく。
 手を伸ばしても届かない。隣り合わせた医師だという男の腕を必死に掴んで、飛んでいかないように願った。もう、十人もいない。窓からは森なのだろうか、木が見えた。
 小声で呟き、七枚重ねの盾を作る。どこから何が飛んでこようとも対処できるように、視線を走らせる。
(絶対助ける。この人たちだけでも!)
 その一心で、墜落までの数十秒を耐えた。
「いてぇ……」
 ――衛宮士郎、大事ないか?
「あちこち、やられてるけど、まあ、生きてる」
 何か所か骨が折れている。腕も脚も濡れているから、裂傷もあるだろう。それでも俺は、生きていた。
「また、庇ってくれたのか……?」
 スサノオは何も言わない。たぶん、俺を守ってくれたはずだ。
 呻き声がいくつか聞こえた。五、六人は生きているみたいだった。
「俺が、残って……」
 ――衛宮士郎、そなたは生きて、探さねばならぬのであろうが!
 スサノオの声に、俺は、ああ、と小さく頷く。
「そうだな、俺は、あいつを探さないと……」
 涙があふれた。
 あいつを想うだけで、どうして涙が出るのかわからない。だけどなぜか、今、ここにいてほしいと思った。
 そこに立って、俺を見下ろして、たわけ、と、あの鈍色の瞳で、あの低い声で、叱ってほしい。
「アーチャー……」
 ――必ずや見つかる。諦めるな。
「うん、うん……」
 俺が人を殺したから、こんな目に遭ったと思うことにした。
 スサノオは罪を償ったのだと言った。たった五人救えただけで、スサノオは、御の字だと笑っていた。

 目が覚めると、気分は最悪で、吐き気もするし、汗で濡れた夜着が気持ち悪いし、本当に、最悪、としか言いようがない。
 ふ、とため息をつく。俺を少し下敷きにして、アーチャーは眠っている。
「重いっての……」
 少し笑えた。
 確かな重みと、温もりと、規則正しい鼓動が感じられる。
(俺、汗だくだから、気持ち悪いと思うんだけどな……)
 それでも、抱きしめられていることがうれしい。
「ありがとな、アーチャー」
 再び目を閉じる。眠るとまたあの夢に逆戻りだ。だから、目を閉じるだけ。
(アーチャーがいれば、いい……)
 何もいらないと思った。アーチャーさえ、傍にいてくれるのなら……。



***

「士郎、煮崩れするぞ?」
「んー」
 相槌を打つが、何も行動を起こさない。
「士郎?」
 菜箸を持つ手を掴むと、ハッとしてこちらを向いた。
「な、なに?」
「鍋を下ろさなければ、煮崩れする」
「あ、ああ、ごめ……」
「ぼんやりしているな」
「ああ、うん……」
「調子が悪いなら、部屋へ戻るか?」
 視線を落としたまま、士郎は何も言わない。
「士郎?」
 極力、平静にオレは接することにしている。
 訊きたいことはあるが、それは士郎が話せるようになってからでいい。もう、気にしないつもりでいたのだが、士郎の方が、どうも、そういうわけにはいかないようだ。
(ほとんど、眠れてはいないだろう……)
 眠ったと思えば、うなされて飛び起きる。