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瑕 6  昔語りをしようか

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 スサノオは全力で引き寄せると言ったけど、会えたとして、目の前にあいつが現れたとして、俺を覚えているのか?
「記憶は、記録になり下がるって……」
 窓の外を見ていられなくて、顔を覆った。
 前屈みになって、声を殺して、俺は泣いた。
 どうしようもなく、会いたい。
 だけど、あいつは俺がわからない。
 探してやる、って思ったけど、俺を忘れたあいつに会って、俺は平気でいられるのか?
「そんな寂しいことを、俺は受け入れられるのか?」
 涙が止まらない。
 あいつを想うだけで、俺は壊れたように泣き続けた。
 大陸鉄道は走り続ける。
 夜空には、冴え冴えとした丸い月。
「冷たい色だ……」
 いつも夜だった。あの聖杯戦争は夜ばかり。あいつを見るのも、たいてい夜。
 青い月に白銀の髪が照らされて、青白く冷たい色で、風に揺らめく。
 冷たい、冷たい、あの色が、きれいだと思ったのは、確かだっだ。
「アーチャー……」
 目を閉じた。俺の脳裏に焼き付いた記憶。アーチャーとの剣戟。
「会いたいんだ……」
 ぽつりと呟くと、また、雫が落ちていった。


「士郎……」
 どれくらい膝に顔を埋めていたかわからない。
 アーチャーに呼ばれて顔を上げると、首が痛かった。
「おかえり」
「寝ていなくていいのか?」
「あー、うん」
 眠ると夢で見るから、眠りたくはなかった。まあ、起きていても思い出すけど……。
「顔色が悪い」
「大丈夫だって」
「無理をするな……」
「だいじょ――」
 抱き寄せられて、その胸に顔を埋めて、声が途絶える。
「無理に、笑わなくていい……」
「アーチャー……」
 抱きしめてくれるこの腕を俺はあの時、ひどく欲した。
 墜落した機内で、体中痛くて、心も挫けそうで、涙ばかりがあふれて、ただ、会いたいと、切に願った。
 そのあともずっと、思い出しては涙をこぼして、どうしようもない焦燥に襲われた日々だった。
 あれから俺はレンジャーの訓練を受け、兵士として紛争に関わるようになり、必死にアーチャーを探して、あの時の罪を忘れようとしていた。
 だけど、心のどこかで罪の意識と葛藤を繰り返し、歪んでいく自分自身に俺は飲み込まれかけていた。
 正義なんて戦場にありはしない。
 そこには、ただ、殺戮だけがあった。いつしか人を撃つことに躊躇しなくなった。撃つ者は人ではなく、敵だったから。
 表情を失くしていく自分自身をどこかで感じていた。スサノオがいつも語りかけてくれた。だけどそれも、少し鬱陶しいなんて思ってた。
 苦しくて、逃れたくて、俺は“装置”になろうとした。ただの、人を殺す“装置”に。
 このまま飲み込まれれば楽だ、何も考えずに、人を殺せばいい、と。
 そうやって、俺が逃げようとすると、アーチャーと打ち合った剣戟が耳に甦る。俺が殺戮に傾いていくと、剣戟が聞こえ、思い留まる。その、繰り返し……。
 人と装置を行ったり来たりして、俺はどんどん深みにハマった。気がつくと俺の周りには闇が広がっていた。もうスサノオの声も聞こえない。
「独りだ……」
 呟いて後ろを振り返ると、肉塊と血泥が延々と連なっていた。俺の歩いてきた道には、死骸が転がっているだけだった。
「俺……、なに、してるんだ……?」
 俺はなんのために生きている?
 俺は何かを探さなければいけないはずで……。
 剣戟の音が聞こえる。
 いや、鉄を打つ……、剣を鍛える音か?
「この音は……懐かしい……」
 なぜだろう、ほっとした。
 胸が痛むほどに、懐かしい。これは、あいつと俺の……。
「アーチャーと俺の、たった一つの繋がり」
 跳ね返す鈍色の瞳、刺さる言葉、重い剣、痺れる腕、貫かれた痛み、切りつけられた痛みも、全部、甦ってくる。
 閉じていこうとする闇で、顔を上げると、一筋の光が見えた。
 弱々しくて、俺を照らしてくれるような、確かなものじゃない。ひび割れた心の優しさでできた光が、あの打ち合いの中で見つけたアーチャーの光が……。
「アーチャー……」
 俺は子供みたいに泣いていた。何度拭っても涙は止まらなくて、しまいには、もう、笑えてくるほどに。
 そうやって俺は闇を脱したんだ。アーチャーに救われたと思う。あの剣戟が、俺を掬い出した、深い闇の底から……。

 俺はあの頃から、アーチャーしかいらないんだな、って、今さら気づいた。バカだよな、俺は本当に……。
「アーチャー。聞いてくれるか? 俺がバカだったころの話」
 抱きしめた腕を少し緩めて、アーチャーは俺を見下ろす。
「ふむ。いつのことだ? 士郎は、バカでなかったためしなど、一度もないが」
「言ってろ!」
 そんな軽口を叩きながらも、アーチャーは安心したように笑った。
「アーチャー、あのさ……」
 俺が話しはじめると、アーチャーは真っ直ぐに俺を見つめて聞いてくれる。
 俺の両手を握ったままで。
 消える前、俺が、こわい、と縁側でこぼすと、こうやっていつも手を握ってくれて、自分もこわいんだと言って、一緒に震えていた。弱虫だな、って笑い合った。
 結局、俺は、いつもアーチャーに救われていたんだな。あの聖杯戦争のときから、ずっと。
「アーチャーとスサノオがいなかったら、俺はどうなってたか……」
 苦いため息が漏れる。
 あのままだったら俺は歪みまくって、それこそ、守護者であるアーチャーの抹消すべき対象になっていたはずだ。守護者からも狙われるような悪となり下がっていたかもしれない。
「士郎、どうしてオレを喚ばなかった……」
「言っただろ、無理やり契約とかしたくなかったって。それに、記憶もないんだし……」
「思い出しただろう? オレは士郎を、思い出したぞ。何をそんなに強がっていたんだ」
「強がってたんじゃない」
「では、なんだ?」
「…………」
「士郎?」
「…………こわかった」
「こわい? 何がだ。また、殺されそうになるとでも?」
「違う。そんなの、何もこわくない」
「では、何が?」
「俺のことを知らないって……、覚えてないって、言われるのが、こわかったんだ! バカ!」
 何を言わせるんだ、このバカ神使! こんなこと、言わせるな!
 いたたまれなくて、俯く。
「一秒たりとも忘れらんない奴に、はじめまして、なんて言われてみろ。へこむどころじゃねーよ」
 アーチャーに背を向ける。ほんとに、こいつは、わかってない。忘れられることの苦しさも切なさも、こいつは、全然……。
 まずい、泣きそうになる。
(ダメだなぁ、俺。アーチャーのことになると、なんで、こんなに臆病になっちまうんだ……)
 目元を手で覆った。
「どんな気持ちだった?」
 背中から抱きしめてきて、耳に囁いてくる。
「だ、だから、へこむって……」
「それだけか?」
 再会した時、俺がわからなかったアーチャーに、正直、ほんとに泣きそうになった。
 なんで、覚えてないんだって、掴みかかりそうになった。俺は、覚えているのに、って……。
「士郎? オレが思い出すまで、士郎は、」
「泣きたかったよ。どうしてだ、って。どうして、目の前の俺のことすら、思い出さねーんだって!」
「だが、士郎は何も言わなかっただろう?」