行軍また行軍
ぺた、とヒル魔の薄い胸に、どぶろくが掌をあてた。
ヒル魔とムサシと栗田は、いつのまにやらヒル魔が手回しよく準備した、デビルバッツのユニフォームを身に付けている。
そしてやはりヒル魔が準備させたトレーニング用具を、3人ととぶろくが、中学校の校庭の隅にセットし終えたところだった。
どぶろくの行動に栗田とムサシがぎょっとした顔をするが、当のヒル魔は眉ひとつ動かさない。いっぽう、触ったほうのどぶろくは、何かをたしかめるように視線を落とし気味にしていて、3人の表情など見ていなかった。
やがて、その手が胸から肩、肩から二の腕、背中と回ったが、ヒル魔は文句もいわず、振り払いもしなかった。
ただ、つまらなそうな顔で、どぶろくの手を視線で追っている。
やっとどぶろくが手を離し、「ふむ」と軽くうなるのを聞いて「なんか分かったか、糞アル中」とヒル魔が口を開いた。
どぶろくはそれには答えず
「ヒル魔、お前、朝ジョギングするって言ってたな」
と、確認してくる。
「……ああ。軽くな。朝起きて、コーヒー飲んで、その辺をぐるっと」
「そのコーヒーに、砂糖と牛乳は入ってるか?」
「んな甘くせぇもん、入れるわけねーだろ」
「そうか……」
結論を言い出さないどぶろくにしびれを切らしたのか、ヒル魔の目がきつくなる。
「なんかいけねーのかよ」
「お前、そりゃあ、トレーニングというより、ダイエットだなぁ。せめてコーヒーは帰ってきてからにしろ」
「……そうなのか?」
「コーヒーには脂肪を燃やす働きがある。朝起きてすぐの有酸素運動も、脂肪を燃焼させるのにいい。だが、お前の身体には燃やすほどの脂肪なんてねぇだろ」
なるほど、さきほどペタペタと触っていたのは、それを確かめるためか。
栗田とムサシは内心で納得する。
ヒル魔はちょっとだけまじめな表情で聞いていた。
「ヘタすると、筋肉を傷つけるぞ。筋トレにはやり方があるんだ。むやみやりゃいいってもんじゃない。……これはお前に言ってるんだぞ、栗田」
いきなり矛先を向けられた栗田が、ひゃあ、と首をすくめる。
「それから、喰ってすぐの運動は、喰ったもんがエネルギーになってるだけで、脂肪を燃焼させることにはならねぇ。順序としちゃ、起きて、走って、喰う、のがいい。運動直後の食事は脂肪じゃなく筋肉細胞に行くんだ」
「へえ~……」と栗田。
「起きて、走って、喰う、か」
ぽつりとムサシが言った。