比翼の鳥は囀りて
(傍にいてくれて幸せだけど、あなたの気持ちが知りたいです)
読んだ瞬間、居てもたってもいられなかった。
ちゃんと言わなくてはいけない。いつの間にかしっかりと芽吹いていた気持ちを。
アンジェリークの部屋の前まで辿り着き、普段のルヴァからは想像もつかないくらい乱暴にノックをした。
「アンジェ……アンジェリーク! あなたにお話があるんです! ここを開けてください!」
返事はなかった。
その代わりに静かにドアが開き、中からもう一人の女王候補、ロザリアが顔を出した。
「まあルヴァ様。どうなさったんです、そのお姿……」
ぜいぜいと息は乱れ、服には恐らく転んだと思われる泥汚れ。紙袋を両手でしっかりと抱き締めている。
「あのっ、アンジェリークに会いに来たんです。ちょっと大切なお話があって」
少しの間をおいてロザリアは廊下に出て、後ろ手にドアを閉めた。
「アンジェリークは今熱を出して休んでおりますの。そのお話、今日でなければいけませんか?」
青紫の瞳が挑むようにじっとルヴァを見据えた。
言外に帰れと言われているのはわかったが、ここで引き下がるつもりはなかった。
深く頷くと、ロザリアは小さく嘆息すると声をひそめて告げる。
「こちらへ来てくださいませ」
そのまま厨房へと連れて行かれ、まず手を洗うように指示された。
「ロザリア、あの、これは……どういう」
事態が飲み込めないままロザリアに紙袋を取り上げられ、代わりにトレイが手渡された。
「あの子の食事です。ちょうどお薬の時間ですから起こして食べさせてやってくださると助かりますわ」
二人でアンジェリークの部屋に入ると、ロザリアは机の上にそっと紙袋を置いた。
「どうぞごゆっくり。わたくしは隣におりますので」
ルヴァに看病をさせることで、アンジェリークと過ごす理由を作ってくれたと気付く。
「ロザリア……ありがとうございます」
「守護聖さまを追い返すなんて、恐れ多いことですわ。……あの子を、宜しくお願いしますわね」
そう言って微笑むと優雅に一礼をして部屋を出て行った。
部屋では額に濡れたタオルを乗せたアンジェリークがすやすやと寝入っていた。
窓を開けて空気を入れ替える。
それから肌に張り付いている金の髪を、そっと指で流した。
いつもは明るく輝きを放つ瞳のほうに気を取られていたが、眺めてみれば彼女のまつ毛がとても長いことに気づく。
「……アンジェ。あなたが望むなら、ずっと傍にいますから」
ふいにアンジェリークの歌声を思い出し、唇からゆったりと旋律が流れた。
「きみ、行く先に、幸あれと思い染む……」
気づけばこんなにも……愛おしい。
いつまででもこうしていたくなったが、それよりもアンジェリークを起こさなくてはいけない。
「アンジェ、アンジェ起きなさい」
軽く揺さぶって声をかけると、うっすらと翠の目が開いた。
「ル……ヴァさま、なんで……?」
「あとで説明しますよ。それよりも」
背の下に手を入れて抱き起こし、背後にクッションを幾つかあてがった。
「ロザリアの代理を任されました。まずはちゃんと食べてお薬飲みましょうね」
野菜や麦がたっぷり入ったスープを食べさせようとすると、全力で抵抗された。
「いいいい、いいです、いいです。一人で食べられますから! ルヴァ様はもうお引取りください!」
帰れと言われたことに少しだけ腹が立った。
「何言ってるんですか。あなたまだ熱下がってないんですからねー、看病しないと。はい口をあけてー」
「だから大丈夫です! ロザリアもいるし! 風邪うつっちゃうから早く帰ってくださいっ」
「……ではさっさとうつされてみましょうか、ほら」
身を乗り出して思い切り顔を近づけると、小さな悲鳴が上がった。
人にうつすことが心配なら、うつってしまえば問題なしのはずだ。
「二択です。私に風邪をうつすのと、おとなしく食べさせられるのと、どちらがいいですか」
「三、ルヴァ様はお引取り……わわわかりました! わかりましたってば!」
無言でまた顔を寄せたところ、その後は大変おとなしく食べてくれたのだった。顔は茹蛸のようになっていたが。
風邪薬を飲ませた後アンジェリークを寝かせ、冷水に浸したタオルを固く絞り額に載せる。
「今日はね、あなたに大切なお話があって来たんですよ。具合の悪いところへすみませんが、どうか聞いて下さい」
紙袋から、小箱をそっと取り出した。
「さっきゼフェルから受け取りました。私が頂いても?」
アンジェリークは恥ずかしそうに頷いた。
「ルヴァ様にプレゼントしたかったんですけど、そういうのどこで買えるのかよく分からなかったんです。それでゼフェル様に本を見せたら、なんか材料や作り方が載ってたらしくて、共同制作することになって。でも私はほとんど何もしてないんですけれど」
螺鈿細工はとても高価だ。ゼフェルが気付いてうまく言い包めたのだろうと思う。
「いえいえ、とてもいいデザインだと思いますよー。お礼に今度私にも何か贈らせてくださいね」
大切に小箱をしまいこみ、ルヴァは姿勢を正した。
「それで、本題なんですが」
じっとアンジェリークを見つめた。
「夕日はまだ、きれいに見えていますか?」
驚いた翠の瞳が揺れた。そしてゆっくりと頷く。
「……はい」
「それは良かった」
ありったけの想いを込めて、言葉を紡いだ。
「そんな日は、お月さまがきれいでしょうねー」
「……!!」
アンジェリークは口元を抑えて真っ赤な顔になっていた。
ルヴァはそっとその手を取り、指を絡めて返事を待つ。
「……わ、わたしも……そう思います」
ここへ来てようやく、アンジェリークからのその返事を待ち望んでいた自分がいたことを知る。
ゆるゆると温かく満たされていくこの感情は、愛だろうか。それとも、まだ恋なのだろうか。
言うだけ言ってすっかり照れたアンジェリークは、毛布をかぶって隠れてしまった。そんな姿がとても可愛く思えて、そっと毛布をずらして彼女の顔を覗き込む。
先程と同じように顔を寄せてちょっと脅かしてから、頬に口づけを落とした。
「早く良くなってくださいね。お大事に」