比翼の鳥は囀りて
「……久し振りに、聴けましたねー」
アンジェリークに近づいて声をかけると、彼女はまたも振り向きざまに赤くなった。
「すっかり聞き惚れてしまって、声をかけ忘れてました。すみません」
アンジェリークがルヴァの顔をまじまじと見た。
「……ルヴァ様、なんか目が赤いですよ」
「あー、昨日からずっと本を読みふけっていたものでー」
にこりと笑顔を浮かべたつもりだった。
こう言っておけば、地の守護聖が徹夜で本を読むことなどいつも通りだと大抵の人間はそのまま話を流してくれる。
だがアンジェリークは、違った。
「……本当に?」
この瞳の前では嘘もごまかしも通用しないように思えるほど、どこまでも真っ直ぐに射抜いてくる強いまなざし。
「ええ……きっと疲れが出ているんだと思いますよー」
声が掠れそうになった。
「……」
それ以上言葉の出ないルヴァをよそに、彼女は無言のまま滝へと視線を流した。
「わたし、ここで祈っていたんです。願いが叶うって聞いたから……ルヴァ様に、会いたいって……」
言葉が途切れ、俯いた拍子に金の髪がふわふわと風に舞う。細かく肩が震えていた。
「もうすぐ……試験が、終わ……る、からっ……!」
振り絞った嗚咽混じりの声がルヴァの心に突き刺さり、どうしようもなく痛んだ。
自分と同じように、彼女のほうもまた悩んでいたのだ。
堪りかねてアンジェリークを抱き寄せ、華奢な背をさすった。この宇宙を全て背負うには、余りにも細いその背を。
「泣かないで……どうか泣かないでください、アンジェリーク」
俯いたアンジェリークの瞳からぽろぽろと溢れ出る大粒の涙を、両手で何度も拭った。
「ルヴァ様、わたし……女王候補失格なんです。自分がこんなに欲深いだなんて、知らなかったっ……!」
「どうしてですか? あなたは今や立派に大陸を育てているじゃないですか」
「いいえ……いいえ、失格なんです。だって、こんなにも」
アンジェリークはゆっくりと顔を上げた。そこに在るのは、悲痛な色を湛えた翠の瞳。
「ルヴァ様に望まれたいって……好かれたいって、願っているのに、試験も捨てきれないんです!」
ルヴァは打ち震える心を持て余し、しばし瞠目した。
もし彼女が迷いなく自分との未来だけを望んだら、有無を言わさず試験を辞退させただろう。だが既にこの背には見えざる翼が生えていたのだ。滅びかけた宇宙の意思に選ばれし者として。
このひたむきで強い輝きが心の内にあったからこそいつしか惹かれ、恋焦がれたのだと、今ならわかる。
両手をアンジェリークの頬に当てたまま、静かに口を開いた。
「愛しています、アンジェ。私もあなたに……望まれたい」
「でも……でもルヴァ様」
拭っても尚溢れ出るアンジェリークの涙が、ルヴァの指を伝い落ちていった。
「できるならこのまま試験を辞退して、私の傍にいて欲しいと思っていることは、どうか判ってください。ですがそれでは、あなたの惑いが無くなりはしないでしょう?」
アンジェリークの瞳が揺れ、小さく頷く。
「……これから私が言うことは、かなり酷な話になると思います。聞く覚悟はありますか」
「……はい」