比翼の鳥は囀りて
誰もいない、二人だけの空間に静寂が満ちていた。
普段であれば人前では決して崩すことのない守護聖としての顔を、今のルヴァは保っていられない。
「……アンジェ」
いつものように、陛下────とは呼べなかった。
言葉を無くしたままの彼女を今以上に追い詰めてしまいそうだったから。
「…………」
アンジェリークは瞬きもせずに唇を噛み締め、温くなった紅茶のカップを食い入るように見つめていた。
居た堪れなくなって小さな手を包み込む。氷のように冷え切っていた。
「綺麗な手が傷ついてしまいますよ、アンジェ」
固く握られた手を少しずつ解くと、手の中に見覚えのあるものが握られていた。
濃藍色に金の星が散った、小さな折鶴。
最初に添えたものではなく、思いの丈を書き殴ってしまったほうを持っていた。
ああ、やはり。きっと彼女は内側を読んでいるに違いない。
女王ならば自分よりももっと先に、サクリアの減少を感じていたのかも知れない……。
彼女がどんな思いでこの折鶴を握り締めていたかと思うと、胸が詰まった。
「……懐かしいものをお持ちですね。ほら、実は私もね」
懐から封筒を取り出して見せる。アンジェリークの視線がこちらへと移った。
「あのときは本当に嬉しくて……こんなふうに、あなたの口紅の痕に幾度もこうしていました」
そっとカードに唇を宛がうと、途端にアンジェリークの瞳が潤んだ。
「でも本当は」
アンジェリークの柔らかな頬に手を伸ばした。
そのまま顔を寄せて、吐息がかかる距離まで近づく。
「ずっとこうしたかったって……知っていましたか」
最後の言葉はほとんど彼女の唇を舐るようにして重なった。
初めは啄ばむようなそれも、やがて想いの分だけ深く長くなっていく。
じっと押し黙っていたアンジェリークだったが、熱い口付けから解放される頃には大粒の涙が零れ落ちていた。
声を上げずに肩を震わせて泣く姿に、女王の重責を思う。
かける言葉が何一つ見つからないまま、ルヴァは痩せ細った体をただ強くかき抱いた。
「ねえ、アンジェ。私はね、嬉しいんですよ」
彼女の悲しみが少しでも癒されるように、優しく背をさすりながら言葉を続けた。
「以前言いましたね。未来永劫、比翼の鳥として共にいて欲しいと。私の使命は終わりました。次は……あなたの番です」
たったそれだけの話ですよ、と言うと、金の髪は左右に小さく揺れた。
「まだ、離れたく……ないのに」
「ええ、わかっていますとも。ですが……あなたが皇帝に囚われていた間」
「……」
「どんなに、どんなに心配したか……! あんな思いはもう二度と御免なんです」
あのときの恐怖と安堵を思い出し、アンジェリークの温度を確かめる。
アンジェリークからも腕が回されて、二人はきつく抱き締め合う。
「守護聖と女王としての道を選んだことを、今は後悔はしていません。ただあなたとずっと過ごしたいと……そう願っています。今がその為に必要な流れなら、私は」
二人の行く末を祈るように額をくっつけた。
「あなたと共に在る未来を、諦める気はありません」
「ルヴァ様……」
候補時代の呼び方へと戻ったアンジェリークに、優しく微笑む。
「なんだかね、予感がするんですよ。きっとまた出会えるという予感が。……変でしょうかね?」
本当は予感などではなく、ただの願望でしかないのだけれど。
使命を選び取った時点で……どうしたってもう引き返せはしないのだ。