比翼の鳥は囀りて
きみ行く先に、幸あれと
後任の守護聖が見つかり慌しく引継ぎを終えていよいよ聖地を去り行くその日、ルヴァは再び連理木の前へとやって来ていた。
クスノキの連理木には花が咲き始めていた。
「あなたはきっと、これからも見守っていてくれますよね。みんなを……そしてあの人を」
来年も再来年も、百年後も千年後もずっと……ずうっと。
悠久の刻を経てもなおここで生き続けてくれることを願って、苔生す幹をそうっと撫でた。
「どうかあの人を、守ってくださいね。私の大切な……大切な人なんです」
もう二度と誰かに傷つけられるようなことがないように。
この先あの人が流す涙は、いつも喜びで満ち溢れたものであればいい。
「……頼みましたよ」
そのとき一際強い風が辺りの木々を揺らし、勢いよく巻き上げられたルヴァのターバンが緩んだ。
「おや……私のお願いを聞いてくださるというのなら、これは差し上げましょうか」
荷物の中から替えを出し、頭に巻いていたほうを連理木の枝へと括り付けた。枝から手を離すと頭上から雫がぱらぱらと降り注いだ。
朝露が雫になっているだけだと知っているのに、何故か泣かれているような気がして酷く切なくなった。
ターバンをしっかり巻き直してから暫くそのまま見上げていると、後ろから足音が近づいてきた。
聞き慣れた愛しい人の声が、彼の名を呼ぶ。
もしかしたらこれが聞き納めかもしれないと思った刹那、目の奥が熱くなったのを感じて慌てて気持ちを切り替える。
静かに深呼吸をしてからルヴァはゆっくりと振り返り、声の主へと笑みを浮かべた。
「アンジェ、来てくれたんですねー」
「ここに来いって手紙を寄越したのはルヴァじゃないの。……ターバン、どうしたの?」
枝にぶら下がる布を指差して、アンジェリークは小首をかしげた。
「ちょっとね、願掛けをしていたんですよ」
「願掛け? どんなことお願いしたのかしら」
「言っちゃったら叶わなくなるんで、秘密です」
にこりと笑顔で言い切ると、少し不服そうな表情を浮かべるアンジェリーク。
「いいですよーだ。じゃあわたしも、便乗しちゃおっと」
そう言ってポケットから見覚えのあるリボンを取り出した。候補生の頃につけていた赤いリボンだ。
アンジェリークでは枝に手が届かないので、ルヴァが先程の枝を掴んで引き寄せた。
ルヴァのターバンのすぐ横に、赤いリボンが結ばれていく。そしてリボンとターバンを更に結んで、アンジェリークはじっと祈っている。
祈り終わったアンジェリークに、答えを予測しつつ訊いてみる。
「何をお願いしたんですか?」
「言ったら叶わなくなるんで、秘密ですー」
「やはりそうきましたかー、ふふっ」
陽の光に透けて輝く金の髪が、風に揺られていた。
この光景を、この愛おしい笑顔を、生涯決して忘れることはないだろう。