比翼の鳥は囀りて
祈りは彼方へ
そうして守護聖としての生活を終え、とある惑星で新しい生活を始めてからあっという間に三年が過ぎた。
今は砂漠の緑化プロジェクトに参加しながら、講演会などをこなす毎日を送っていた。
アンジェリークからの文香とカードは全て螺鈿の小箱にまとめて大切に保管していた。
聖地を出るときに持ち出したのはこの小箱とルーペと茶器と、僅かな本数冊。
幾度も手紙を読み返してはアンジェリークの無事を祈り、夜は小さな焚き火にあたりながら満天の星空を眺めた。
そして今夜も小箱を膝に乗せて天の川を眺めた。
聖地で見ていた星空は綺麗なものだったが、ここは光害の全くない土地ゆえにおびただしい数の星々を肉眼で捉えられ、迫り来るような恐ろしさを感じるほどだ。
そしてその光景は、守護聖となる前に故郷から見た星空ともまた少し違っていた。
楽しく星の迷子になりながら天の川を辿り、ベガとアルタイルを探し出す。
彼らの物語は今の自分にとっては羨ましいとさえ思う。一年に一度でも逢えるなら……。
(……いけない。独りでいる時間が長くなって弱気になっていますね)
必ず逢いに行くとアンジェリークは約束してくれたのだから、この命が尽きるまで、諦めるわけにはいかない。
だからこそこの星を選んだのではなかったか。
聖地のある主星から程近く、故郷の星とよく似たこの惑星を。
王立研究院もあって中心部はそこそこ栄えているから、彼女が望むならそちらで暮らせばいい。惑星そのものの残り寿命が故郷の星より長いのも確認済みだ。
夜も更けて焚き火が消えかけたその頃、家の方角からニャアー、と甲高い子猫の鳴き声がする。
「……猫?」
小さな裏庭のほうから聞こえるので植え込みの下を覗き込むと、きらりと瞳が光っていた。
「こんなところでどうしたんです。ほら出ていらっしゃい」
威嚇をしている風でもないのでそっと手を差し出すと、おずおずと子猫が姿を現した。暗くてよく見えないが、どうやら白っぽい猫のようだ。
親とはぐれたのかガリガリに痩せこけ、毛艶も綺麗とはいえない。
「一体どこから来たんですかー。こんな辺鄙なところへわざわざ……さあ、私と一緒に来ますか?」
見た目のみすぼらしさとは裏腹にやたら人懐こい子猫は、ルヴァの腕にすんなり抱え上げられた。
部屋の明かりを灯してすぐさま湯を沸かし、布を浸して軽く絞る。
子猫の目やにや体の泥汚れを拭き取ると、やはり白猫だった。
嫌がるかと思っていたら思いの外おとなしく、ゴロゴロと喉を鳴らし始めている。
「おや……あなたの目は翠なんですねえ」
どこかあの人に似た、澄んだ翠の瞳。
逢いたいと切望し続けたままの自分へ贈られた、天からの御使いのようにも思えた。
御使いではなくて、早く宇宙を統べているご本人様が来てくれませんかね、などと思いつつ。
結局その日から居ついてしまった白猫に、アンジーと名をつけることにした。
本当に呼びたい名に良く似た響きは、口にする度に痛みと幸福を同時にもたらした。