比翼の鳥は囀りて
ぼんやりと景色を堪能しているうち、ふいに無線が鳴った。
「はい、こちらルヴァです。……え? なんですって? 視察中止って、どういうことですか」
事務所の職員からの連絡だった。
「私宛の手紙? いえ、今朝は立ち寄っていませんけど……ええと、聞こえますかー?」
かなり雑音交じりの無線だったため、どういう話かさっぱり要領を得ない。
視察がなしになったのは確定のようなので、とりあえず引き上げることにした。
事務所に顔を出すと、無線で連絡を寄越した職員が駆け寄ってきた。
「一体どうしたんですか? 何か問題でも?」
「あの……今朝、王立研究院の主任から、先生宛の手紙があれば渡すようにと言われまして」
「はあ……研究院から?」
職員がごっそりと手紙の束を手渡してきた。
「ここ数日先生のことを尋ね回っている不審者がいたので、警戒してお渡ししていなかったんです。どうぞ」
緑化事業が成功するにつれ、ルヴァに会いたがる人間が増えた。
元守護聖だという噂に加えて人好きする性格が災いし、個人情報を嗅ぎ回る者も少なくなかった。
やがて自宅にまで無遠慮に押しかけてくる連中に辟易し、講演の依頼などは事務所を通したものしか引き受けないようにして、手紙の類は全て事務所に留め置きしてもらうよう頼んでいたのだ。
もちろんこの町の人間はルヴァを先生と呼び慕っているため、余程の事がない限りは見知らぬ者に容易に教えはしない。
手紙の束の中のある一通を手にしたとき、ルヴァの顔色が変わった。
確かに見覚えのある、桜色の封筒。そこに書かれた懐かしい文字。
思わず視界がぼやけそうになるのを堪え急いで封を開けると、柔らかなジャスミンの香りがふんわりと漂った。
────わたしの魂の片割れへ。ようやく自由になったので逢いに行きますね!
追伸 そちらでもお月さまはきれいですか? アンジェリーク
願い続けていた日の訪れに、ばくばくと高まる心拍数。
「……この手紙は……いつ、いつ届いていたんですか?」
ルヴァの震えた声にぎょっとした顔をする職員。
「さあ……二、三日前には既にあったと思いますが……何しろ先生宛のは数が多いので」
この辺りでは消印が押印された日付から数週間後に配達されることも少なくない。
「ではその不審者とやらの情報について、何かご存知ですか」
普段よりも明らかに熱のこもる声色に、職員が驚きの顔のまま固まっている。
「20代くらいの若い女性だという話です。町のあちこちであなたのことを聞き込みしていると。また家まで押しかけるような熱烈なファンでしょうかね」
間違いない、あの人だ! とうとうアンジェリークに逢える!
そう思うと心臓が早鐘のように脈打って、居てもたってもいられなかった。
「すみませんが今からその人を探してきますので、今日はもう戻りません。待っていたんです、ずっと……!」
車のキーを握り締め、慌しく事務所を後にするルヴァ。
日頃のゆったりとした動きや穏やかな表情しか知らない職員は、ただその場に呆然と立ち尽くしていた。
まるで少年のように頬を紅潮させ嬉しそうに駆けていく彼を、今まで見たことがなかったのだ。