比翼の鳥は囀りて
車は恐ろしい速度で砂漠を突っ走り、いつもの半分以下の時間で目的地へと辿り着いた。
外へ転がり出る勢いで降り、慣れない大声を張り上げる。
「アンジェリーク! どこにいるんですかー!!!」
砂に声が吸い込まれていく。
足を取られながらオアシスへ更に近づいて、もう一度叫んだ。
「アンジェリーク!! あなたを迎えにきました! どうか返事を!!」
どんどん歩を進めていくと、やがてオアシスの向こう側にある砂丘の上────夕日に煌めく金の髪が見えた。
他に間違えようのないほど見覚えのあるその輪郭に、ルヴァの視界が滲み出す。
「……アンジェリーク……!!」
気持ちの上では、しっかりと叫んだつもりだった。
しかし実際に喉から出た声は、情けなくなるほどの声量で。
当の本人はいまだ気づかずに夕焼けをじっと眺めている。
こちらに気づいて欲しくてもう一度声を振り絞ろうとした────が、声が詰まって言葉にすらならない。
言葉を発しようとすればするほど、涙が溢れて止まらないのだ。
よろけながら砂丘を登り始めると、その髪には白金の髪留めが輝いていた。
「アンジェ……ッ……!」
どうにか一言だけ叫ぶと、ぱっとアンジェリークが振り返った。
「ルヴァ……!」
大きな翠の瞳が微笑み、慌てて駆け寄ってきた。
お互い砂に足を取られながら、歩みを進めていく。
二人の距離が一歩、また一歩と近づき、そしてようやく、伸ばした腕がアンジェリークに届いた瞬間────ぐいと力一杯引き寄せると同時に、アンジェリークも強く砂を蹴った。
アンジェリークの華奢な体がルヴァの腕の中へとすっぽり収まる。
懐かしい香りが鼻先を掠めた。
「お帰りなさい、アンジェリーク……」
「ただいま、ルヴァ……」
気づけば骨が折れてしまうのではないかと思うような強さで抱き締め合っていた。
今この瞬間が夢でも幻でもないことを、確かめるために。
「よかったぁ……探してたのよ。今日は寄り道してここに来ちゃったけど」
「すみません……」
泣き顔を見られたくなくて金の髪に頬をうずめたが……鼻をすする音で知られてしまったようだった。
アンジェリークの手はまるで幼子をあやすように、そうっとルヴァの背中を撫でさする。
「ルヴァ、泣いてるの……?」
どこまでも優しい声で言われたので、ルヴァはとうとうたまらなくなって嗚咽を漏らした。
その声を、温もりを、ずっと待っていた。ずっと逢いたかった。
泣きじゃくるルヴァの様子を見て驚愕していた顔馴染みのガイドにはそのまま帰ってもらい、それから二人で肩を寄せ合って地平線の向こうに夕日が沈むのを眺めていた。
ルヴァが落ち着いた頃を見計らってアンジェリークが囁く。
「ねえ、お手紙届いたかしら?」
視線をアンジェリークへと移し、じっと見つめつつ口を開いた。
「まだ愛しているか、と書いていましたね」
「ええ……」
どこか怯えたように目を逸らすアンジェリーク。
その唇に、いつかの口付けのように唇を重ねて囁く。
「海が綺麗ですね……と、お答えしますよ。ずっと前からお月さまも綺麗ですが、ね」
アンジェリークの「わたしも」という言葉は、二人の唇の間に浮かんですぐに飲み込まれていった。